cheironinitiative2022年4月21日読了時間: 6分[論文賞]落合 智紀/シーダーズ・サイナイ病院Tomoki Ochiai, M.D.[分野9:南カリフォルニア]Coronary Access After TAVR (経カテーテル的大動脈弁置換術後の冠動脈アクセスに関する発見)JACC: Cardiovascular Interventions, March 2020概要 大動脈弁狭窄症は、加齢に伴う弁の硬化により開放制限が生じ、心不全ならびに狭心症状、失神をきたす弁膜症であり、重度大動脈弁狭窄症において弁置換術が施行されない場合の2年死亡率は約50%に達する予後不良の疾患である。大動脈弁狭窄症は加齢に伴う動脈硬化が最も多い原因であり、約50%の患者において冠動脈疾患を合併すると報告されている。 従来、大動脈弁狭窄症に対する標準治療は外科的大動脈弁置換術(surgical aortic valve replacement: SAVR)であったため、冠動脈合併症例に対してSAVRを施行する際には冠動脈バイパス術を同時に施行し血行再建をすることがガイドライン上推奨されてきた。一方、近年、経カテーテル的大動脈弁置換術(transcatheter aortic valve replacement: TAVR)が、より低侵襲な治療として開発された。この新しい治療のコンセプトは、主として大腿動脈からカテーテルを用いて人工弁を挿入し心臓に到達、留置させるため、SAVR に比べ開胸手術や術中の人工心肺使用を必要とせず、より低侵襲であり術後早期の退院、社会復帰が可能という点である。当初TAVRは周術期リスクが高く SAVR の適応 とならない、もしくは適応となっても高リスクな患者群 に対して開始されたが、以降TAVRの良好な臨床成績に伴い適応が急速に拡大し、現在では65歳以上の全ての大動脈弁狭窄症患者でTAVRが第一選択肢として検討されており、遂には2019年にアメリカにおけるTAVR件数はSAVR件数を追い越すに至った。 これに伴い、大動脈弁狭窄症に対してTAVR施行後に、さらに併存する冠動脈疾患に対してカテーテルを用いた経皮的冠動脈インターベンション(PCI)が必要となる症例も急速に増加している。ここでの重要な課題として、冠動脈入口部にカテーテルを挿入する(冠動脈アクセス)際にTAVRにより留置された人工弁周囲に付着している金属ステントが、冠動脈入口部近傍まで到達する場合、物理的障壁となり、冠動脈にカテーテルを挿入することが困難となる可能性があることが挙げられ、最悪の場合はPCIが不成功となり急性心筋梗塞を代表とした致命的な冠動脈疾患の治療、救命が達成できない。そこで我々は本研究において異なる2種類の人工弁を用いて施行されたTAVR患者群の術後CT画像を各々解析し、さらにはそれらの症例でのTAVR後の冠動脈へのカテーテル挿入成功率を評価することにより、CTにて解剖学的にTAVR人工弁周囲の金属ステント高が高く、冠動脈入口部まで到達している症例、あるいは金属ステントの支柱が冠動脈入口部の正面に位置している症例では、冠動脈入口部へのカテーテル挿入成功率が有意に低下することを発見した。本研究によりTAVR施行時にはTAVR施行後の冠動脈へのカテーテル挿入成功率を向上させるために、より金属ステント高の低い人工弁の使用が検討されるべきこと、あるいは将来的にはこれらの課題を克服したデザインを備えた新しいTAVR人工弁の開発が望ましいことを報告し、冠動脈アクセスを考慮したTAVRの重要性を提唱した。受賞者のコメント この度は、UJA論文賞という名誉な賞を頂戴し、大変光栄に思います。私は心臓カテーテル治療の分野に携わる医師ですが、目の前の患者さんを治療することだけでなく、世の中にとって役に立つ研究や発見ができるように精進していきたいと思います。最後に、本賞を企画、運営頂いている先生方をはじめ、論文の審査に貴重な時間を費やして下さった先生方に感謝申し上げます。審査員のコメント金子直樹 先生: 経カテーテル的大動脈弁置換術は、大動脈弁狭窄症の治療として開胸手術に代わり一般的となっている。高齢者に多い疾患であるため、術後に冠動脈疾患の治療が必要となる状況が増えてきており、その場合に留置された人工弁が冠動脈の入口への侵入を妨げ治療が困難または不可能となる場合がある。申請者はCTを用いて留置された人工弁と冠動脈の位置関係により、冠動脈疾患治療の成功率が変化することを示した。この知見は経カテーテル的大動脈弁置換術の際に冠動脈を塞ぐことにより術後冠動脈インターベンションが困難/不可能となりうること、そのリスクを減らす方法を示しているだけでなく、今後の人工弁開発の進展に大きく寄与することが予想され非常にインパクトの高い論文である。北郷明成 先生: 近年の長寿命化により加齢に伴う大動脈弁尖の変性に基づく大動脈弁狭窄症が増加している。本研究は、本疾患において近年適応拡大している経カテーテル的大動脈弁置換術と、併発する冠動脈疾患に対する経皮的冠動脈インターベンション施術、二つの術式の物理的障害という新たな臨床で遭遇する問題の科学的解明と対策を導いたという点で非常に臨床的意義が大きい。また複数のメディアに紹介され注目度の高い研究である。エピソード 本論文を発表する前にも、幸運にも論文を発表できてはいたのですが、自分にとってkeyとなるような論文が書けずに、何か面白いアイデアを求めて毎日そのことばかり考えていましたが、どこかに詰まってしまっている部分がありました。1年ほど経過した時点から、周りの人たちに自分から、より積極的にコミュニケーションをとっていくことができるようになり、くだらない話ができるような仲の良い友人と呼べる存在が職場に増えていきました。仕事以外の時間でも彼らと遊びにいくように毎日の生活が楽しくなっていきました。結果的にはこれにより研究面でも、彼らから貴重なアドバイスや協力も得ることができ、彼らの助けを借りて、この論文を完成させることができました。周りの同僚と私生活で仲良くなることで研究面にも良いサイクルが回ってくるんだなと実感しました。1)研究者を目指したきっかけ 医師として臨床の現場で働くようになり、現在有効と考えられている診断や治療は、過去の研究による科学的エビデンスの積み重ねで確立されてきているということを実感するようなりました。一方で、現在でも有効な診断や治療が発見されていない病態や疾患は無数に存在し、それらに対する研究により得られた結果を患者さん、あるいは社会に還元していくことが必要不可欠と考えるようになり、研究を始めました。2)現在の専門分野に進んだ理由 自分が病気になった時の経験から、医師として患者の役に立ちたいと考えました。3)この研究の将来性 大動脈弁狭窄症という心臓の弁膜症を、開胸手術をせずにより負担の少ないカテーテル手術で治す、経カテーテル的大動脈弁植え込み術(TAVI)という方法があります。この際に患者さんの体内に植え込まれる生体弁の新しいデザインを開発するヒントになる研究です。
Tomoki Ochiai, M.D.[分野9:南カリフォルニア]Coronary Access After TAVR (経カテーテル的大動脈弁置換術後の冠動脈アクセスに関する発見)JACC: Cardiovascular Interventions, March 2020概要 大動脈弁狭窄症は、加齢に伴う弁の硬化により開放制限が生じ、心不全ならびに狭心症状、失神をきたす弁膜症であり、重度大動脈弁狭窄症において弁置換術が施行されない場合の2年死亡率は約50%に達する予後不良の疾患である。大動脈弁狭窄症は加齢に伴う動脈硬化が最も多い原因であり、約50%の患者において冠動脈疾患を合併すると報告されている。 従来、大動脈弁狭窄症に対する標準治療は外科的大動脈弁置換術(surgical aortic valve replacement: SAVR)であったため、冠動脈合併症例に対してSAVRを施行する際には冠動脈バイパス術を同時に施行し血行再建をすることがガイドライン上推奨されてきた。一方、近年、経カテーテル的大動脈弁置換術(transcatheter aortic valve replacement: TAVR)が、より低侵襲な治療として開発された。この新しい治療のコンセプトは、主として大腿動脈からカテーテルを用いて人工弁を挿入し心臓に到達、留置させるため、SAVR に比べ開胸手術や術中の人工心肺使用を必要とせず、より低侵襲であり術後早期の退院、社会復帰が可能という点である。当初TAVRは周術期リスクが高く SAVR の適応 とならない、もしくは適応となっても高リスクな患者群 に対して開始されたが、以降TAVRの良好な臨床成績に伴い適応が急速に拡大し、現在では65歳以上の全ての大動脈弁狭窄症患者でTAVRが第一選択肢として検討されており、遂には2019年にアメリカにおけるTAVR件数はSAVR件数を追い越すに至った。 これに伴い、大動脈弁狭窄症に対してTAVR施行後に、さらに併存する冠動脈疾患に対してカテーテルを用いた経皮的冠動脈インターベンション(PCI)が必要となる症例も急速に増加している。ここでの重要な課題として、冠動脈入口部にカテーテルを挿入する(冠動脈アクセス)際にTAVRにより留置された人工弁周囲に付着している金属ステントが、冠動脈入口部近傍まで到達する場合、物理的障壁となり、冠動脈にカテーテルを挿入することが困難となる可能性があることが挙げられ、最悪の場合はPCIが不成功となり急性心筋梗塞を代表とした致命的な冠動脈疾患の治療、救命が達成できない。そこで我々は本研究において異なる2種類の人工弁を用いて施行されたTAVR患者群の術後CT画像を各々解析し、さらにはそれらの症例でのTAVR後の冠動脈へのカテーテル挿入成功率を評価することにより、CTにて解剖学的にTAVR人工弁周囲の金属ステント高が高く、冠動脈入口部まで到達している症例、あるいは金属ステントの支柱が冠動脈入口部の正面に位置している症例では、冠動脈入口部へのカテーテル挿入成功率が有意に低下することを発見した。本研究によりTAVR施行時にはTAVR施行後の冠動脈へのカテーテル挿入成功率を向上させるために、より金属ステント高の低い人工弁の使用が検討されるべきこと、あるいは将来的にはこれらの課題を克服したデザインを備えた新しいTAVR人工弁の開発が望ましいことを報告し、冠動脈アクセスを考慮したTAVRの重要性を提唱した。受賞者のコメント この度は、UJA論文賞という名誉な賞を頂戴し、大変光栄に思います。私は心臓カテーテル治療の分野に携わる医師ですが、目の前の患者さんを治療することだけでなく、世の中にとって役に立つ研究や発見ができるように精進していきたいと思います。最後に、本賞を企画、運営頂いている先生方をはじめ、論文の審査に貴重な時間を費やして下さった先生方に感謝申し上げます。審査員のコメント金子直樹 先生: 経カテーテル的大動脈弁置換術は、大動脈弁狭窄症の治療として開胸手術に代わり一般的となっている。高齢者に多い疾患であるため、術後に冠動脈疾患の治療が必要となる状況が増えてきており、その場合に留置された人工弁が冠動脈の入口への侵入を妨げ治療が困難または不可能となる場合がある。申請者はCTを用いて留置された人工弁と冠動脈の位置関係により、冠動脈疾患治療の成功率が変化することを示した。この知見は経カテーテル的大動脈弁置換術の際に冠動脈を塞ぐことにより術後冠動脈インターベンションが困難/不可能となりうること、そのリスクを減らす方法を示しているだけでなく、今後の人工弁開発の進展に大きく寄与することが予想され非常にインパクトの高い論文である。北郷明成 先生: 近年の長寿命化により加齢に伴う大動脈弁尖の変性に基づく大動脈弁狭窄症が増加している。本研究は、本疾患において近年適応拡大している経カテーテル的大動脈弁置換術と、併発する冠動脈疾患に対する経皮的冠動脈インターベンション施術、二つの術式の物理的障害という新たな臨床で遭遇する問題の科学的解明と対策を導いたという点で非常に臨床的意義が大きい。また複数のメディアに紹介され注目度の高い研究である。エピソード 本論文を発表する前にも、幸運にも論文を発表できてはいたのですが、自分にとってkeyとなるような論文が書けずに、何か面白いアイデアを求めて毎日そのことばかり考えていましたが、どこかに詰まってしまっている部分がありました。1年ほど経過した時点から、周りの人たちに自分から、より積極的にコミュニケーションをとっていくことができるようになり、くだらない話ができるような仲の良い友人と呼べる存在が職場に増えていきました。仕事以外の時間でも彼らと遊びにいくように毎日の生活が楽しくなっていきました。結果的にはこれにより研究面でも、彼らから貴重なアドバイスや協力も得ることができ、彼らの助けを借りて、この論文を完成させることができました。周りの同僚と私生活で仲良くなることで研究面にも良いサイクルが回ってくるんだなと実感しました。1)研究者を目指したきっかけ 医師として臨床の現場で働くようになり、現在有効と考えられている診断や治療は、過去の研究による科学的エビデンスの積み重ねで確立されてきているということを実感するようなりました。一方で、現在でも有効な診断や治療が発見されていない病態や疾患は無数に存在し、それらに対する研究により得られた結果を患者さん、あるいは社会に還元していくことが必要不可欠と考えるようになり、研究を始めました。2)現在の専門分野に進んだ理由 自分が病気になった時の経験から、医師として患者の役に立ちたいと考えました。3)この研究の将来性 大動脈弁狭窄症という心臓の弁膜症を、開胸手術をせずにより負担の少ないカテーテル手術で治す、経カテーテル的大動脈弁植え込み術(TAVI)という方法があります。この際に患者さんの体内に植え込まれる生体弁の新しいデザインを開発するヒントになる研究です。
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