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執筆者の写真Jo Kubota

[論文賞]遠藤 史人/UCLA

更新日:2023年4月14日

Fumihito Endo, M.D. Ph.D.

[分野:南カリフォルニア]
(アストロサイトの多様性と形態の分子的基盤の解明)
Science, 4 November 2022

概要
脳と脊髄からなる中枢神経系は、神経細胞の他にグリア細胞と呼ばれる非神経細胞の集団から構成されています。 グリア細胞の中で最も多く存在するのがアストロサイトで、中枢神経系全体を敷き詰めるように存在し、中枢神経系の恒常性維持に重要な機能を果たしています。しかし、多様な神経細胞とは異なり、アストロサイトはこれまで中枢神経系の各領域間で均質で、接着剤のような役割を果たす細胞と考えられてきました。近年、このような認識は見直されつつありますが、アストロサイトの多様性、類似性、形態については包括的な評価はこれまでなされていませんでした。今回、われわれは、マウス脳の大脳皮質、海馬、線条体など13領域についてアストロサイト特異的なRNAシーケンス(RNA-seq)およびバルク組織RNA-seqを、大脳皮質、海馬および線条体の3領域についてシングルセルRNA-seqを行い、13領域のアストロサイトに共通の遺伝子プロファイルを解析し、アストロサイトの中核的な機能(脂質代謝、糖代謝、神経伝達物質代謝、カリウムイオン代謝)を見出しました。さらにアストロサイトは領域特異的な遺伝子発現パターンを呈することも明らかになり、そのメカニズムとして局所の組織環境とアストロサイトのサブクラスターの構成比率に起因することがわかりました。 また、アストロサイトの大きな特徴として、その形態の複雑さが挙げられ、ニューロンやシナプスとの相互作用に重要な役割をもつと考えられています。そこで、われわれは13領域のアストロサイトについて10のパラメータを用いて形態を計測し、13領域のアストロサイトの遺伝子プロファイルと比較したところ、アストロサイトの形態学的複雑性と強く相関する遺伝子群を同定しました。興味深いことに、この遺伝子群の主要な遺伝子としてFermt2などのADリスク遺伝子を発見しました。そこで、CRISPR/Cas9の手法を用いてアストロサイト特異的な遺伝子ノックダウン法を開発し、マウス海馬においてFermt2など遺伝子発現を低下させたところ、認知機能の低下を伴ってアストロサイトの形態学的複雑性が減少することがわかりました。したがって、アストロサイトの形態学的複雑性の低下は神経回路の機能に影響をあたえることが明らかになりました。さらに、アルツハイマー病(AD)モデルマウスのシングルセルRNA-seqとAD患者脳のシングル核RNA-seqのデータを解析すると、アストロサイトの形態学的複雑性を規定する遺伝子群はアストロサイトで発現が低下し、さらに他の神経疾患、精神疾患の病態とも強く相関していることが明らかになったことから、アストロサイトの形態学的複雑性の変化がADの病態に重要な役割をもつ可能性を明らかになり、アストロサイトの形態学的複雑性の低下を抑制することがADを含む精神・神経疾患の将来の新たな治療標的となる可能性があると考えられます。

受賞者のコメント
この度はこのような賞を頂き大変光栄です。今後も神経疾患のグリア研究の発展に貢献できるよう頑張ります。

審査員のコメント
井上浩輔 先生:
アルツハイマー型認知症は人間の健康・Well-beingを脅かす喫緊の課題であり、メカニズム解明や予防・治療に効果的な薬剤の開発が急務となっている。アストロサイトの形態学的複雑性を網羅的な解析によって紐解き、アルツハイマー型認知症におけるその重要性を示唆した本研究は、極めて学術的価値が高い。また、留学後初の筆頭著者論文としての実績であり、応募者が研究者としてキャリアアップしていくうえで重要な意味を持つ論文であると考えられる。

植木靖好 先生:
アストロサイトの部位特異的な多様性を形態学的特徴に遺伝子発現の特異性を融合させて証明した脳神経科学分野を大きく前進させる成果。アストロサイトの形態と強く相関する遺伝子を見出しこれらがアルツハイマー病のリスク遺伝子であるこを示した。さらに一歩進んでノックダウンマウスやアルツハイマーマウスモデルでそれら遺伝子とアルツハイマー病との関連をマウス生体内でで見事に証明している。アストロサイトを標的とした新しいアルツハイマー病診断や治療法の発展につながる画期的な成果である。

エピソード
研究自体については、所属ラボでちょうどアルツハイマー病のプロジェクトをスタートするタイミングで応募することができたことが大変幸運でした。そして、ボスやラボの同僚、共同研究者との継続的なディスカッションが研究を正しい方向に導いてくれたと思います。ラボに応募するにあったっては、既に出版されている論文のみからではラボの現状を知るには十分でないので、実際にラボを訪問して可能な限り最新の情報を得てからラボを決めることが重要であると感じています。

1)研究者を目指したきっかけ
医学部を卒業後に神経内科を志しましたが、アルツハイマー病などの変性疾患の多くで根本的な治療法が開発されていません。患者さんと関わることで病態を研究し治療法を開発したいという気持ちになりました。

2)現在の専門分野に進んだ理由
大学院時代に山中宏二先生のラボで筋萎縮性側索硬化症のグリア研究を始めたことをきっかけに、現在はアルツハイマー病におけるアストロサイトの病態研究を続けています。

3)この研究の将来性
アストロサイトは脳の神経回路が正常に機能するために重要な細胞です。これまでの研究から多くの精神・神経疾患やでアストロサイトの機能が異常をきたすことが示唆されています。今回の研究から、アストロサイトの形態の異常を修正することで疾患の進行を抑止できる可能性が考えられます。
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