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[論文賞] 長井淳 /理化学研究所

更新日:2021年4月6日

Jun Nagai

アストロサイトによる精神・神経疾患の制御機構の解明

Hyperactivity with disrupted attention by activation of an astrocyte synaptogenic cue.

Cell

2019年


脳が外界の情報を受容・処理し行動に反映させるしくみを理解するために、ニューロンに着目した研究が数多く行われてきた。しかし、脳にはグリア細胞・血管など多様な細胞が存在する。脳の包括的理解のためには、異なる細胞種間で起こる動的なシグナル伝達の理解が必要である。アストロサイトは哺乳類の脳細胞の約2~4割を占めるグリアの一種であり、ニューロンやシナプスと空間的に密接している。しかし、アストロサイトがいつ・どのようにニューロン活動や脳の環境変化に反応し、脳回路活動・個体行動に影響を与えるのか、という根本的な機能的意義の多くは不明であった。

応募者は、薬理学・生理学・遺伝学・行動学的アプローチを統合した多階層解析を通して、マウス背側線条体におけるアストロサイトの機能解明を目的として研究を行った。結果として、(1)ニューロン活動依存的なGABA放出によりアストロサイトが興奮する(Gi-GPCR/Ca2+シグナルが活性化される)こと、(2)アストロサイトGi-GPCR/Ca2+シグナルの刺激はシナプス産生因子TSP1を活性化させること、(3)アストロサイトによる過剰なシナプス産生は、興奮性シナプス伝達・ニューロン発火を増強し、マウスが注意欠陥多動性障害様の行動異常を惹起すること、(4)TSP1シグナルの阻害剤を用いると、シナプス・ニューロン発火・マウス行動の異常が正常化されること、を見出した。TSP-1シグナル阻害剤ガバペンチンは、てんかんや疼痛の治療薬として臨床で広く使われているため、ドラッグリポジショニングが期待される成果である(Nagai et al., Cell 2019)。

また、その後の研究で、14の実験的摂動を背側線条体に与えた際のアストロサイト遺伝子発現変化をRNA-seqによって網羅解析した。ハンチントン病モデルマウス(HD)におけるアストロサイトとGi-GPCR/Ca2+シグナルを活性化させたアストロサイトが逆方向の遺伝子発現変化パターンを示すことを見出した。HDの線条体においてアストロサイトGi-GPCR/Ca2+シグナルを活性化させたところ、ハンチントン病の症状がシナプス・行動レベルで改善が見られた。これは、神経変性疾患においてアストロサイトが治療標的となる可能性を示唆している(*Yu and *Nagai et al., Neuron 2020. *Co-first authors)。一連の研究は、これまで脚光を浴びてこなかったニューロンではない脳細胞、アストロサイトの病態生理学的重要性を示すものである。神経科学の固定概念に一石を投じる成果であり、今後は応募者のラボ(2020年11月発足)でさらに発展することが期待される。


審査員のコメント:

アストロサイトという、あまり研究がされてこなかった脳内の細胞の機能解明の端緒となる研究であり、今後この研究を元に多くの研究が発展することが大いに期待できる。

(木原先生)


本研究では、脳回路活動・個体行動におけるアストロサイトの機能を調べ、アストロサイトの活性化がニューロンの機能や行動を制御すること、そしてアストロサイトが神経変性疾患の治療標的になり得ることを示した大変重要で意義深い研究である。(中村先生)


The series of paper leading up to this paper and potential future implications make the work impressive and highly promising for the future. The work is appropriately highly cited and taken up in media. Really outstanding work.

(高山先生) 受賞コメント: このような素晴らしい賞をいただき光栄です。私が情熱を傾ける脳科学は己を知る科学であり、もたらすインパクトは基礎科学、創薬、臨床のみならず、哲学、教育、社会、法規制にまで及びます。私個人としては基礎メカニズムを明かして疾患診断・治療に貢献することが目的です。しかし少し人とは違った視点で研究をしていきたいと思い、留学で新しい技術かつ新しい研究対象に挑戦しました。脳の半分以上は神経細胞ではないグリアという細胞種で占められ、そのうち一番数が多いのがアストロサイトです。今回の研究はアストロサイトがニューロンをコントロールしていること、そのコントロールがひとたび異常をきたすとADHD様の行動異常がマウスにあらわれること、さらにはそのアストロサイトシグナルを標的とした薬剤治療の方法を提案したことが大きな新規性と考えております。アストロサイトをはじめとしたグリアは、生物の進化と共に生まれ、増えてきた細胞です。今後は、「私たちはなぜグリアをもつ脳をもつに至ったか」をコアの課題として、研究を進めていきます。ひいては人工知能や医療に貢献できることが目標です。本受賞を励みにして、私の研究室でメンバーと共に研究に取り組んでいきます。 エピソード: 留学して半年、当初メインとしていたプロジェクトは、煮詰まっていました。毎週のミーティングで、同僚がエキサイティングなデータを発表する中、半年間これといったデータがないというのは非常にプレッシャーでした。この留学は、失敗なのか?ロサンゼルスの上空に交錯して残る多くの飛行機雲を眺めながら、あのどれかに乗ってしまえば、家族の居る日本に帰れるんだ…なんどそう思ったか分かりません。そんな頃に、PIの指示を待っていてはいけないと実験アイデアを練り、同僚のサンプルを貰って、とりあえずやってみよう、から始まったプロジェクトが今回の論文になりました。最初の実験で、お、これはもしかしたら、という結果が出て、それをボスに見せてからはどんどん進んでいきました。毎日、いや一日数回はPIとああでもないこうでもないと議論し、2年が過ぎるころには、Cold Spring Harbor Meetingで招待講演をしていました。そこでエキスパートたちから貰ったコメントをaddressして、雑誌に投稿した後はスムーズでした。当初から、大きな仮説を立てずに、目の前に立ち現れたデータを逐一解釈し、次の実験を考えました。YesかNoか、それを知りたいだけ、その連続。研究の醍醐味である"探求の楽しさ"を享受できました。 高校生からの質問: 1)研究者を目指したきっかけを教えてください  脳の病気を治したいことと自分の名前で生きていきたいと思ったからです。真に0から1を生み出す仕事がしてみたかったから。一人前の研究者に必要とされるスキルが思いのほか多岐にわたり(実験手技、論理的思考、課題解決、コミュニケーション、英語、情報収集、執筆、プレゼンに係る能力など)、いばらの道だと思ったが、逆にそれが身についた自分になりたいと思ったからです。 2)現在の専門分野に進んだ理由を教えてください  身近に発達障害や認知症を患った方々が幼いころからいました。それを治すのは脳科学だし、そのような疾患をもつ人々を受け入れる社会を作るのにも脳科学の進歩が必要だと感じたからです。 3)この研究が将来、どんなことに役に立つ可能性があるのかを教えてください。  教育の現場でもADHDをはじめとした精神疾患や発達障害への理解は課題です。現行の医療では十分とは言えず、その理由のひとつは、神経細胞に特化した研究が大部分を占めていたことが挙げられます。脳の半分以上は神経細胞ではない細胞で占められ、そのうち一番数が多いのが、アストロサイトです。今回の研究はアストロサイトがニューロンをコントロールしていること、そのコントロールがひとたび異常をきたすとADHD様の行動異常がマウスにあらわれること、さらにはそのアストロサイトシグナルを標的とした薬剤治療の方法を提案したことが大きな新規性です。学術・創薬・臨床各方面に貢献する可能性があります。

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