Aki IIO-OGAWA4月8日読了時間: 5分[論文賞]長濱 健一郎/ジョンズ・ホプキンス大学Kenichiro Nagahama, M.D., Ph.D.[分野:Disruptive Innovation Award]Tagging active neurons by soma-targeted Cal-Light光照射により行動や情動に関与する神経活動を高い精度で捉えられるツールの開発を行った。Nature Communications, 12-December-2022概要ヒトを含む動物の行動に関与する神経細胞・神経回路を同定することは、行動や情動のメカニズムを理解するために重要です。加えて、原因となる細胞種や回路を同定していくことで、統合失調症やうつ病などの精神神経疾患の病態解明・治療開発の促進に繋がります。そのため、行動に関係する特定の細胞を同定・神経活動操作をするために、神経活動に連関して発現する遺伝子を基にしたツールが開発されてきました。しかし、一過的に生じるストレスや連続的に起こる行動に反応する細胞を同定できないという問題点がありました。今回、我々は細胞体に限局して発現することで、行動に連関して起こる神経活動に伴うカルシウムの流入を光遺伝学によってより高い感度・精度で特定できる細胞標識システムSoma-targeted Cal-Light (以下ST-Cal-Light))を開発し、様々な行動実験においてその有用性の確認を行いました。 まず、ST-Cal-Lightを発現する遺伝子プラスミドを作製し、培養細胞上で我々が以前開発した従来版Cal-Light(以下OG-Cal-Light)よりも神経活動を起こす細胞を高い効率で同定することに成功しました。続いて、自由行動下のマウスで機能評価を行うため、AAVウイルスベクターを用いてST-Cal-Lightを様々な脳部位に発現させ行動実験を行いました。最初に水を報酬として行うレバー押し課題において、マウスにレバーを押すと水がもらえることを学習させているトレーニング期間中で、OG-Cal-Lightで必要な期間より短期間の光照射でレバー押しに関連した細胞の同定・活動操作を行えることがわかりました。さらに、一過性の行動である社会性行動に関連する細胞の同定・活動操作が可能であり、トラウマに関係する恐怖条件付け課題で、OG-Cal-Lightでは不可能だった恐怖記憶の再燃の抑制に成功しました。また、特定の種類の細胞でST-Cal-Lightを発現・解析するために、ST-Cal-Lightを生まれながらにして発現するマウス(ST-Cal-Lightノックインマウス)を作製し、大脳皮質の細胞種特異的に高い標識効率を示すことを確認しました。今後、このST-Cal-Lightウイルスとノックインマウスを用いることで、複雑な行動や認知機能、精神神経疾患などの病気の病態に関連した細胞のより詳細なメカニズムの解明が期待されます。受賞者のコメントこの度は、我々の研究を栄誉ある論文賞にご選定頂き誠にありがとうございます。まさか自分が選んで頂けるとは思っておらず、身が引き締まる思いです。受賞対象となった仕事は多くの共同研究者の方々に支えられた上で成り立ったものです。この場を借りて厚く御礼申し上げます。また、ご多忙の中、本賞の企画・審査に携わってくださった多くの方々にも感謝申し上げます。審査員のコメント早野 元詞 先生:本研究においてCal-Light(ST-Cal-Light)が開発されることによって、高い時空間精度で神経活動を行っている細胞に限定した細胞の同定や、評価を行うことが可能になっている。特に、in vivoでの一過性の行動に対する細胞の評価は、神経変性疾患や精神疾患における病態依存的な細胞を単離し、それらを標的とした治療法の開発を加速することが期待される。今後は、著者が記載されているように複雑な病態をどこまで評価し、実際の治療法へ繋げられるかが課題であり、霊長類を用いた評価を含めて期待されるポイントである。黒田 垂歩 先生:神経や行動を研究する上で強力な新しいツールを創出したことを高く評価する。このツールを使って、脳神経に関する理解の親展および、精神神経疾患の原因特定や治療標的分子の特定につながることを期待している。赤木 紀之 先生:本研究では、神経回路と動物の行動の直接的な関係を確認するため、活性なニューロンをマーキングする新しい技術「ST-Cal-Light」を開発した。ST-Cal-Lightを様々な脳部位に発現させたマウスの行動実験からは、行動に関連した細胞の同定・活動操作を行えることが示された。この技術が社会実装されると、病気に関連するニューロンの制御や、特定の行動に対応する神経回路の解明による個々人に適したトレーニングプログラム開発など、大きな波及効果が期待できる。エピソード1)研究者を目指したきっかけ元々ぼんやりと精神科医になろうと思い医学部に行きましたが、医学部の教育を受けていく中で、不確実なものの中に潜んでいる規則性や法則を探し出していくことに魅了されていきました。さらに医学部卒業後に行った臨床研修で志半ばで亡くなっていく方々を目にし、人生の限られた時間の中で自分のやりたいこと・すべきことを100%のエフォートで行わなければならないと強く自覚し、基礎神経科学者への道に進めました。2)現在の専門分野に進んだ理由日本では精神疾患の各症状の裏に潜む神経細胞・回路レベルのメカニズムに着目して研究をしていました。将来的に自分の研究フィールドを拡大していく上で、現状の方法論や技術のみでは行き詰まることを予期し、自分の研究における疑問点・問題点を自分の開発したツールを用いて解決していきたいという思いが高まり、現在の専門分野に飛び込みました。3)この研究の将来性今回開発したツールにより、ヒトを含む動物の行動の基盤となるメカニズムを、単一細胞から細胞集団レベルまで、より詳細に調べることが可能になります。さらに、精神疾患や神経変性疾患などの病態の原因となる細胞・神経回路の同定にも役立つと考えています。
Kenichiro Nagahama, M.D., Ph.D.[分野:Disruptive Innovation Award]Tagging active neurons by soma-targeted Cal-Light光照射により行動や情動に関与する神経活動を高い精度で捉えられるツールの開発を行った。Nature Communications, 12-December-2022概要ヒトを含む動物の行動に関与する神経細胞・神経回路を同定することは、行動や情動のメカニズムを理解するために重要です。加えて、原因となる細胞種や回路を同定していくことで、統合失調症やうつ病などの精神神経疾患の病態解明・治療開発の促進に繋がります。そのため、行動に関係する特定の細胞を同定・神経活動操作をするために、神経活動に連関して発現する遺伝子を基にしたツールが開発されてきました。しかし、一過的に生じるストレスや連続的に起こる行動に反応する細胞を同定できないという問題点がありました。今回、我々は細胞体に限局して発現することで、行動に連関して起こる神経活動に伴うカルシウムの流入を光遺伝学によってより高い感度・精度で特定できる細胞標識システムSoma-targeted Cal-Light (以下ST-Cal-Light))を開発し、様々な行動実験においてその有用性の確認を行いました。 まず、ST-Cal-Lightを発現する遺伝子プラスミドを作製し、培養細胞上で我々が以前開発した従来版Cal-Light(以下OG-Cal-Light)よりも神経活動を起こす細胞を高い効率で同定することに成功しました。続いて、自由行動下のマウスで機能評価を行うため、AAVウイルスベクターを用いてST-Cal-Lightを様々な脳部位に発現させ行動実験を行いました。最初に水を報酬として行うレバー押し課題において、マウスにレバーを押すと水がもらえることを学習させているトレーニング期間中で、OG-Cal-Lightで必要な期間より短期間の光照射でレバー押しに関連した細胞の同定・活動操作を行えることがわかりました。さらに、一過性の行動である社会性行動に関連する細胞の同定・活動操作が可能であり、トラウマに関係する恐怖条件付け課題で、OG-Cal-Lightでは不可能だった恐怖記憶の再燃の抑制に成功しました。また、特定の種類の細胞でST-Cal-Lightを発現・解析するために、ST-Cal-Lightを生まれながらにして発現するマウス(ST-Cal-Lightノックインマウス)を作製し、大脳皮質の細胞種特異的に高い標識効率を示すことを確認しました。今後、このST-Cal-Lightウイルスとノックインマウスを用いることで、複雑な行動や認知機能、精神神経疾患などの病気の病態に関連した細胞のより詳細なメカニズムの解明が期待されます。受賞者のコメントこの度は、我々の研究を栄誉ある論文賞にご選定頂き誠にありがとうございます。まさか自分が選んで頂けるとは思っておらず、身が引き締まる思いです。受賞対象となった仕事は多くの共同研究者の方々に支えられた上で成り立ったものです。この場を借りて厚く御礼申し上げます。また、ご多忙の中、本賞の企画・審査に携わってくださった多くの方々にも感謝申し上げます。審査員のコメント早野 元詞 先生:本研究においてCal-Light(ST-Cal-Light)が開発されることによって、高い時空間精度で神経活動を行っている細胞に限定した細胞の同定や、評価を行うことが可能になっている。特に、in vivoでの一過性の行動に対する細胞の評価は、神経変性疾患や精神疾患における病態依存的な細胞を単離し、それらを標的とした治療法の開発を加速することが期待される。今後は、著者が記載されているように複雑な病態をどこまで評価し、実際の治療法へ繋げられるかが課題であり、霊長類を用いた評価を含めて期待されるポイントである。黒田 垂歩 先生:神経や行動を研究する上で強力な新しいツールを創出したことを高く評価する。このツールを使って、脳神経に関する理解の親展および、精神神経疾患の原因特定や治療標的分子の特定につながることを期待している。赤木 紀之 先生:本研究では、神経回路と動物の行動の直接的な関係を確認するため、活性なニューロンをマーキングする新しい技術「ST-Cal-Light」を開発した。ST-Cal-Lightを様々な脳部位に発現させたマウスの行動実験からは、行動に関連した細胞の同定・活動操作を行えることが示された。この技術が社会実装されると、病気に関連するニューロンの制御や、特定の行動に対応する神経回路の解明による個々人に適したトレーニングプログラム開発など、大きな波及効果が期待できる。エピソード1)研究者を目指したきっかけ元々ぼんやりと精神科医になろうと思い医学部に行きましたが、医学部の教育を受けていく中で、不確実なものの中に潜んでいる規則性や法則を探し出していくことに魅了されていきました。さらに医学部卒業後に行った臨床研修で志半ばで亡くなっていく方々を目にし、人生の限られた時間の中で自分のやりたいこと・すべきことを100%のエフォートで行わなければならないと強く自覚し、基礎神経科学者への道に進めました。2)現在の専門分野に進んだ理由日本では精神疾患の各症状の裏に潜む神経細胞・回路レベルのメカニズムに着目して研究をしていました。将来的に自分の研究フィールドを拡大していく上で、現状の方法論や技術のみでは行き詰まることを予期し、自分の研究における疑問点・問題点を自分の開発したツールを用いて解決していきたいという思いが高まり、現在の専門分野に飛び込みました。3)この研究の将来性今回開発したツールにより、ヒトを含む動物の行動の基盤となるメカニズムを、単一細胞から細胞集団レベルまで、より詳細に調べることが可能になります。さらに、精神疾患や神経変性疾患などの病態の原因となる細胞・神経回路の同定にも役立つと考えています。
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