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執筆者の写真Aki IIO-OGAWA

[論文賞]長谷川 祐人/ジョンズホプキンス大学

Yuto Hasegawa, Ph.D.
[分野:Tomorrow 2]
大麻が脳内免疫細胞を介して脳発達に与える影響
Nature Communications, 25-October-2023

概要
米国やカナダをはじめ国際的に大麻の規制が緩和される中、日本でも大麻所持による逮捕者が増加し、特に若年層の使用者の増加は大きな社会問題となっている。近年、大麻に含まれる主要な向精神物質成分であるD-9-テトラヒドロカンナビノール(THC)の含有量が年々増加し、アメリカ国立薬物乱用研究所(National Institute on Drug Abuse, NIDA)の報告によれば、その濃度は20年前と比べて約4倍に上昇しているとの報告もあり、若年者における認知機能発達への影響が憂慮されている。脳内には神経細胞だけでなく、非神経細胞であるグリア細胞も存在し、脳内環境や神経細胞の機能を調節している。しかし、これまで大麻の脳への影響は主に神経細胞の機能変化に焦点が当てられており、グリア細胞についてはほとんど研究が行われてこなかった。本論文では、グリア細胞の中でも脳内の主要な免疫細胞として知られるミクログリアが、脳発達と精神障害の発症に重要な時期である思春期に大麻暴露されることによって数の減少や形態変化を起こし、神経発達、社会性記憶に障害を引き起こすことを明らかにした。
海外での嗜好品としての大麻合法化に伴い、大麻は安全かつ無害であるという考えがSNSなどで広まり、特に若い世代での大麻使用が増加している。医療用大麻が医薬品として有効である一方、本研究を含め、大麻による思春期の脳神経発達に対する悪影響を示唆する知見が集積しつつあることから、若い世代における大麻の過度な使用を防ぐことは、メンタルヘルスの観点から非常に重要であると考えられる。

受賞者のコメント
この度はUJA paper award 2024を賜わり、大変光栄に存じます。米国やカナダをはじめ国際的に大麻の規制が緩和される中、日本でも大麻所持による逮捕者が増加し、特に若年層の使用者の増加は大きな社会問題となっています。脳内には神経細胞だけでなく、非神経細胞であるグリア細胞も存在し、脳内環境や神経細胞の機能を調節していることが明らかとなっていますが、これまで大麻の脳への影響は主に神経細胞の機能変化に焦点が当てられており、グリア細胞についてはほとんど研究が行われてきませんでした。本論文では、グリア細胞の中でも脳内の主要な免疫細胞として知られるミクログリアが、脳発達と精神障害の発症に重要な時期である思春期に大麻暴露されることによって数の減少や形態変化を起こし、神経発達、社会性記憶障害を引き起こすことを明らかにしています。今回の受賞を励みに、今後も大麻などの環境因子による精神疾患の病態生理機序の解明にむけて、日々研究に励みたいと考えております。改めまして、審査員並びにUJA運営委員の先生方に心より感謝申し上げます。

審査員のコメント
岩澤 絵梨 先生:
Cannabinoid receptor type 1 (Cnr1)がミクログリアにも発現し、AdolescenceのTHC暴露がミクログリアのアポプトーシスを引き起こすこと、さらに16p11.2のCopy number variantを用いて、精神疾患領域でも注目されるGene-environment interactionについて明確に示しています。丁寧な電気生理検査と行動試験を行っている美しい論文です。近年大麻の合法化が進むにつれ、recreational useが世界的に増加している中で、発達途上の脳に与える影響を描写した、社会的インパクトが非常に大きい論文であると考えます。

宮腰 誠 先生:
大麻の使用により、思春期に神経接続を促進するミクログリアに影響を与え、精神疾患のリスクを高めることを示した動物実験。大麻は世界的に解禁の方向に進んでおり、その健康被害はタバコ以下であるといった言説もしばしばみられるが、その楽観論に一石を投じる研究。今日の社会情勢にとって喫緊の課題を扱った研究として最高の評価を与える。

後藤 純 先生:
16p11dup mouseにおいてテトラヒドロカンナビノール(THC)がmPFCにおいてミクログリアの細胞死を引き起こすことを発見され、大変インパクトのある論文であると評価いたしました。THC接種後にミクログリアが少なくなることにより、 mPFCにおいてpyramidal tractの神経細胞活動が低下する、というのも大変興味深い発見です。ミクログリア上のカンナビドール受容体(Cnr1)が表現型の発現に必須であることを特異的ノックアウスマウスを用いて証明されたことも高く評価いたしました。

エピソード
1)研究者を目指したきっかけ
大学の卒業研究において、マウス受精卵に対する非浸襲的な活性評価を電気化学的な方法で検討した経験から、目には見えない生体反応を評価できる電気生理学に面白さを感じ、この技術を使って、漠然と小さいころに感じた個々が持つ意識の差を、科学的に解明したいと思ったことがきっかけです。
2)現在の専門分野に進んだ理由
生物は多種多様で、実験動物のような同じ遺伝子背景を持ち、同じ環境での飼育が行われても個体差が生じます。本論文の大麻に関しても、大麻を吸う人すべてが精神神経症状を発症するわけではなく、遺伝要因や環境要因が複雑に絡み合って生じると考えられている精神疾患の研究を通じて、“個性”とは何なのかという疑問の解明に近づけるのではないかと思ったからです。
3)この研究の将来性
海外での嗜好品としての大麻合法化に伴い、大麻は安全かつ無害であるという考えがSNSなどで広まり、特に若い世代での大麻使用が増加しています。確かに医療用大麻が有効である一方で、本研究を含め大麻による思春期の脳神経発達に対する悪影響を示唆する知見が集積しつつあることから、若い世代における大麻の過度な使用を防ぐことは、メンタルヘルスの観点から非常に重要であると考えられます。
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