cheironinitiative4月8日読了時間: 6分[論文賞]高田 望/ノースウェスタン大学Nozomu Takata, Ph.D.[分野:イリノイ]Lactate-Dependent Transcriptional Regulation Controls Mammalian Eye Morphogenesis(メタボライト依存的な中枢神経かたち作りの解明)Nature Communications, 01-July-2023概要 乳酸の産生を特徴とする解糖系は最初に発見された代謝経路であり、生命の恒常性維持や疾患、体の運動などエネルギー代謝に不可欠な役割を果たす。一方で発生過程における解糖系の破綻は様々な臓器形成不全を導くが、その詳細な分子背景や乳酸の役割は未知であった。 申請者は試験管内で胎児の臓器ができる過程を再現するバイオエンジニアリング『オルガノイド』を活用して、これまで極めて困難であった器官かたち作りの機序やヒト生物学の理解に貢献してきた。本論文では生涯を通して解糖系の活性が高いことが知られている神経網膜モデルおよび網膜を人工的に再構成したオルガノイドを研究ツールとして活用した結果、『エネルギー代謝と独立した発生プログラムを制御するメタボライト』を発見した。具体的には、蛍光グルコースイメージングおよびメタボライト追跡法により網膜特異的に解糖系の活性が高いこと、マウスおよびオルガノイドの解糖系変異体で眼の形成不全を導くことを示した。その分子背景として、乳酸がHDAC依存的にエピジェネティック修飾を制御し網膜特異的遺伝子を動かしていることを証明した。 乳酸を含むメタボライト分子基盤を統合的に理解する研究は様々な臓器発生や再生、加齢や生活習慣による疾患の背景を再考察する手助けとなる事が期待される。既に他グループの総説により本論文の発見は乳酸の新たな役割として、中枢神経系に属する網膜の発生・病態との関連で引用されている(doi.org/10.3389/fopht.2023.1296624)。今後は発生代謝の基本的な役割を研究する事で中枢神経の分裂や分化、かたちの制御機構を明らかにし、ヒト臓器を試験管で創造する新たな分子ツールの開発や中枢神経疾患の幅広い理解など医学的に有用な発見を目指す。受賞者のコメント この研究は学際的な視点からアイデアを形にした私の研究基盤になる論文です。この度UJA論文賞でご評価頂けた事は益々の研究の励みになります。審査員・UJA運営委員の先生方にお礼申し上げます。またこの場をお借りして誠に恐縮ですが、親身になって議論して下さった先生方および共同研究者、指導者のGuillermo Oliverに感謝の意を表します。更に米国シカゴ一般科学コミュニティJRCCおよび医学に特化したコミュニティNUJRAの先生方より日頃からご指導を頂けたことはこの上ない幸いでした。最後に研究留学にあたって助成してくださった公益財団法人 上原記念生命科学財団様、家族留学への助成をくださったNPO法人ケイロン・イニシアチブ様に厚く御礼申し上げます。審査員のコメント小笠原 徳子 先生: contributionを見るとほぼ責任著者に近く実験デザインからコンセプト設定・実験を行っていること。代謝産物が臓器発生の遺伝子発現様式を決定しているというこれまでの概念を覆す発見を行なったことから論文の学術的価値が極めて高い。他の臓器ではどのように決定づけられているのか、という科学的好奇心を惹きつけられる研究である。本間 和明 先生: 乳酸は嫌気的な条件で生じる解糖系の産物としてよく知られている。乳酸の産生はATP合成の目的としては不利であるが、積極的に起こる場合があり、がん細胞での過剰な乳酸の産生はよく知られた例である。最近の研究では乳酸がヒストンの修飾因子として働くことにより遺伝子の発現制御に関与することも報告されている。本研究は乳酸のHDAC阻害因子としての作用を示し、視覚器の発生における乳酸の重要性について報告するものである。眼胞形成における乳酸の重要性は遺伝子改変マウス胚だけでなく、オルガノイドも用いて示されている。オルガノイドの作製は先行研究で確立されており、その使用は生体試料の希少問題を回避するだけではなく、同期性の確保や多様な実験条件のコントロールを可能とする。具体的にはオルガノイドを用いて発生に伴う遺伝子発現の全体的な経時変化、グルコースの代謝、そして阻害剤や外部からの乳酸の直接投与による影響を詳細に調べた。得られた結果には高い説得力がある。ほぼ全ての図に実験デザインを視覚的に説明するパネルが添えられており、分野外の研究者が実験結果を素早く理解するのに非常に役立っている。研究のレベルが高いだけでなく、結果の見せ方も巧い。渡辺 知志 先生: 眼の形態形成における乳酸の役割を明らかにした基礎研究論文である。マウスの眼の発生やオルガノイドを用いたシングルセル解析、因果関係実験、アイソトープを用いたグルコースfate-tracing実験、トランスクリプトーム解析を組み合わせることにより、解糖系-乳酸による形態形成機構を明確にしている。形態形成における代謝の役割に関しては、他分野への波及効果も期待される。小島 敬史 先生: 本論文は網膜の代謝で重要な解糖系が眼オルガノイドの形成において重要な役割を果たしていることを示し、マウスにおいてもその表現型を確認した論文です。特に、乳酸が眼形成において重要なシグナル分子として機能することを示し、解糖系の調整に関わる遺伝子や分子が眼疾患の理解や治療法開発のキーとなる可能性を示しました。特に網膜疾患の病態解明や治療法開発について大きく貢献する可能性があり、社会的インパクトが大きいと考えます。エピソード1)研究者を目指したきっかけ 私の発生生物学への興味は動植物豊かな生まれ故郷で触れてきた多様な生物の形の成り立ちに遡ります。これらは非モデル生物でしたが学部・大学院時代に配属された研究室で扱った遺伝学から見るモデル生物の器官構築の素晴らしさに感銘を受けました。同時に細胞・分子のコミュニケーションは多様で機能的な器官をかたち作る基盤であり、その破綻がヒトの病態を理解する事に必須であると学びました。振り返ると幼少期の自然環境が私自身の生き物への興味を発掘するラボ経験に似たものだったかもしれません。このような経験を通して生命科学研究から科学や社会の発展に貢献しようと考え研究者を目指しました。2)現在の専門分野に進んだ理由 きっかけは大学院修士課程で大阪大学微生物病研究所で研究していた時に訪れました。当時最年少でセミナーの運営(部員会)に世話人として参加しました。私たちは2006年、山中伸弥先生が生命科学誌CellにiPSC論文を発表する僅か1日前に講演に招く事に成功しました。後に山中先生はノーベル生理学・医学賞を受賞しますが、当時の彼のセミナーは私にとって全く新たな視点から生命科学を考えるきっかけになりました。我々の体にある様々な種類の細胞をつくりだす多能性幹細胞を使って、臓器ができる成り立ちを分子レベルで研究しようと考え現在の専門分野である発生生物学を選びました。具体的な私の経歴や研究理念がエッセー形式で出版されております(Journal of Cell Science. 2022 Apr 15;135(8):jcs260018. doi: 10.1242/jcs.260018.)。一つの研究者の例としてご参考になれば甚だ幸いです。3)この研究の将来性 私たちの体を支える臓器の発生原理を説明する科学的知識を積み上げていくと、それを基盤にした臓器を試験管でつくりだす応用研究へ繋がります。つくりだす基盤が理解できれば病気のように臓器が壊れたり異常になる原因解明にも貢献できると考えます。私は基礎的な視点に立ち特に体に豊富に存在する代謝産物に注目してこの研究を発展させ、将来ヒト生物医学への学術的・技術的基盤を提供しアカデミック・産業を通して社会へ還元したいいと思います。
Nozomu Takata, Ph.D.[分野:イリノイ]Lactate-Dependent Transcriptional Regulation Controls Mammalian Eye Morphogenesis(メタボライト依存的な中枢神経かたち作りの解明)Nature Communications, 01-July-2023概要 乳酸の産生を特徴とする解糖系は最初に発見された代謝経路であり、生命の恒常性維持や疾患、体の運動などエネルギー代謝に不可欠な役割を果たす。一方で発生過程における解糖系の破綻は様々な臓器形成不全を導くが、その詳細な分子背景や乳酸の役割は未知であった。 申請者は試験管内で胎児の臓器ができる過程を再現するバイオエンジニアリング『オルガノイド』を活用して、これまで極めて困難であった器官かたち作りの機序やヒト生物学の理解に貢献してきた。本論文では生涯を通して解糖系の活性が高いことが知られている神経網膜モデルおよび網膜を人工的に再構成したオルガノイドを研究ツールとして活用した結果、『エネルギー代謝と独立した発生プログラムを制御するメタボライト』を発見した。具体的には、蛍光グルコースイメージングおよびメタボライト追跡法により網膜特異的に解糖系の活性が高いこと、マウスおよびオルガノイドの解糖系変異体で眼の形成不全を導くことを示した。その分子背景として、乳酸がHDAC依存的にエピジェネティック修飾を制御し網膜特異的遺伝子を動かしていることを証明した。 乳酸を含むメタボライト分子基盤を統合的に理解する研究は様々な臓器発生や再生、加齢や生活習慣による疾患の背景を再考察する手助けとなる事が期待される。既に他グループの総説により本論文の発見は乳酸の新たな役割として、中枢神経系に属する網膜の発生・病態との関連で引用されている(doi.org/10.3389/fopht.2023.1296624)。今後は発生代謝の基本的な役割を研究する事で中枢神経の分裂や分化、かたちの制御機構を明らかにし、ヒト臓器を試験管で創造する新たな分子ツールの開発や中枢神経疾患の幅広い理解など医学的に有用な発見を目指す。受賞者のコメント この研究は学際的な視点からアイデアを形にした私の研究基盤になる論文です。この度UJA論文賞でご評価頂けた事は益々の研究の励みになります。審査員・UJA運営委員の先生方にお礼申し上げます。またこの場をお借りして誠に恐縮ですが、親身になって議論して下さった先生方および共同研究者、指導者のGuillermo Oliverに感謝の意を表します。更に米国シカゴ一般科学コミュニティJRCCおよび医学に特化したコミュニティNUJRAの先生方より日頃からご指導を頂けたことはこの上ない幸いでした。最後に研究留学にあたって助成してくださった公益財団法人 上原記念生命科学財団様、家族留学への助成をくださったNPO法人ケイロン・イニシアチブ様に厚く御礼申し上げます。審査員のコメント小笠原 徳子 先生: contributionを見るとほぼ責任著者に近く実験デザインからコンセプト設定・実験を行っていること。代謝産物が臓器発生の遺伝子発現様式を決定しているというこれまでの概念を覆す発見を行なったことから論文の学術的価値が極めて高い。他の臓器ではどのように決定づけられているのか、という科学的好奇心を惹きつけられる研究である。本間 和明 先生: 乳酸は嫌気的な条件で生じる解糖系の産物としてよく知られている。乳酸の産生はATP合成の目的としては不利であるが、積極的に起こる場合があり、がん細胞での過剰な乳酸の産生はよく知られた例である。最近の研究では乳酸がヒストンの修飾因子として働くことにより遺伝子の発現制御に関与することも報告されている。本研究は乳酸のHDAC阻害因子としての作用を示し、視覚器の発生における乳酸の重要性について報告するものである。眼胞形成における乳酸の重要性は遺伝子改変マウス胚だけでなく、オルガノイドも用いて示されている。オルガノイドの作製は先行研究で確立されており、その使用は生体試料の希少問題を回避するだけではなく、同期性の確保や多様な実験条件のコントロールを可能とする。具体的にはオルガノイドを用いて発生に伴う遺伝子発現の全体的な経時変化、グルコースの代謝、そして阻害剤や外部からの乳酸の直接投与による影響を詳細に調べた。得られた結果には高い説得力がある。ほぼ全ての図に実験デザインを視覚的に説明するパネルが添えられており、分野外の研究者が実験結果を素早く理解するのに非常に役立っている。研究のレベルが高いだけでなく、結果の見せ方も巧い。渡辺 知志 先生: 眼の形態形成における乳酸の役割を明らかにした基礎研究論文である。マウスの眼の発生やオルガノイドを用いたシングルセル解析、因果関係実験、アイソトープを用いたグルコースfate-tracing実験、トランスクリプトーム解析を組み合わせることにより、解糖系-乳酸による形態形成機構を明確にしている。形態形成における代謝の役割に関しては、他分野への波及効果も期待される。小島 敬史 先生: 本論文は網膜の代謝で重要な解糖系が眼オルガノイドの形成において重要な役割を果たしていることを示し、マウスにおいてもその表現型を確認した論文です。特に、乳酸が眼形成において重要なシグナル分子として機能することを示し、解糖系の調整に関わる遺伝子や分子が眼疾患の理解や治療法開発のキーとなる可能性を示しました。特に網膜疾患の病態解明や治療法開発について大きく貢献する可能性があり、社会的インパクトが大きいと考えます。エピソード1)研究者を目指したきっかけ 私の発生生物学への興味は動植物豊かな生まれ故郷で触れてきた多様な生物の形の成り立ちに遡ります。これらは非モデル生物でしたが学部・大学院時代に配属された研究室で扱った遺伝学から見るモデル生物の器官構築の素晴らしさに感銘を受けました。同時に細胞・分子のコミュニケーションは多様で機能的な器官をかたち作る基盤であり、その破綻がヒトの病態を理解する事に必須であると学びました。振り返ると幼少期の自然環境が私自身の生き物への興味を発掘するラボ経験に似たものだったかもしれません。このような経験を通して生命科学研究から科学や社会の発展に貢献しようと考え研究者を目指しました。2)現在の専門分野に進んだ理由 きっかけは大学院修士課程で大阪大学微生物病研究所で研究していた時に訪れました。当時最年少でセミナーの運営(部員会)に世話人として参加しました。私たちは2006年、山中伸弥先生が生命科学誌CellにiPSC論文を発表する僅か1日前に講演に招く事に成功しました。後に山中先生はノーベル生理学・医学賞を受賞しますが、当時の彼のセミナーは私にとって全く新たな視点から生命科学を考えるきっかけになりました。我々の体にある様々な種類の細胞をつくりだす多能性幹細胞を使って、臓器ができる成り立ちを分子レベルで研究しようと考え現在の専門分野である発生生物学を選びました。具体的な私の経歴や研究理念がエッセー形式で出版されております(Journal of Cell Science. 2022 Apr 15;135(8):jcs260018. doi: 10.1242/jcs.260018.)。一つの研究者の例としてご参考になれば甚だ幸いです。3)この研究の将来性 私たちの体を支える臓器の発生原理を説明する科学的知識を積み上げていくと、それを基盤にした臓器を試験管でつくりだす応用研究へ繋がります。つくりだす基盤が理解できれば病気のように臓器が壊れたり異常になる原因解明にも貢献できると考えます。私は基礎的な視点に立ち特に体に豊富に存在する代謝産物に注目してこの研究を発展させ、将来ヒト生物医学への学術的・技術的基盤を提供しアカデミック・産業を通して社会へ還元したいいと思います。
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