Jo Kubota2023年4月9日読了時間: 5分[論文賞]齋藤 諒/ブロード研究所Makoto Saito, Ph.D.[分野:物理学]Dual modes of CRISPR-associated transposon homing (CRISPRを用いて動く遺伝子の宿主ゲノムへの帰還機序の解明)Cell, March 2021概要 ゲノム編集で有名なCRISPR-Casシステムは原核生物における獲得免疫機構のひとつである。他方、トランスポゾン はゲノム上を“動く遺伝子”として知られる。近年、原核生物のトランスポゾンがCRISPR-Casシステムをその転移機構に転用していることが明らかになり、CRISPR随伴トランスポゾン (CRISPR-associated transposon: CAST)と名付けられた。Cas9のような、一般的にゲノム編集に用いられているCRISPR-Casシステムでは、CRISPR RNA(crRNA)がDNA切断活性を持ったヌクレアーゼをcrRNAのガイド配列に一致する部位へと誘導して切断を引き起こす。CASTにおいては、crRNAによって誘導されるCasタンパク質のDNA切断活性は失活しており、代わりにトランスポゾンをその部位に転移させる。このガイドRNA誘導性DNA挿入システムは、これまでのCRISPR-Cas同様にゲノム編集ツールとしての可能性を秘めており、原核生物においてcrRNAとトランスポゾン内部の配列を人為的に改変することで、標的部位に任意のDNA配列を挿入できると実証されている。 さて、原核生物のゲノム上に見出されるCASTであるが、そのcrRNAガイド配列がCASTの周辺配列に一致することは稀であり、むしろ特定遺伝子の近傍に多く見出される。しかし、どのようにしてCASTがゲノム上の特定部位へと自身を転移させているのか、その作用機序は不明であった。この理由を解明すべく2つのタイプのCASTシステム(V-K, I-B)に注目したところ、V-Kは特有の帰還用crRNA、I-Bは帰還先を標的とするDNA結合タンパク質をそれぞれ用いて宿主のゲノム特定部位へと帰還することが明らかとなった。両システムともcrRNAを用いてプラスミドなどの可動遺伝因子へとRNA誘導性に転移する点は同じであるが、宿主ゲノムへの帰還という共通の目的を達成するために2通りの異なった手法(帰還用crRNAあるいは標的DNA結合タンパク質)へと行き着いた点は興味深い。 相同組み替えなど、細胞のDNA修復機構に依存した既存の方法では、神経細胞のような非分裂細胞におけるノックインは効率が悪いことが知られているが、CASTがヒトを含む哺乳類細胞で利用可能となれば、細胞種固有のDNA修復効率に頼らずにノックインすることができる。さらには、CASTが10000塩基対を超える巨大なサイズであることをふまえると、原理的にはそうした巨大DNA配列を挿入することも可能だろう。本論文で、CASTの生活環を明らかにし、同時に新規のCAST I-Bシステムを報告した。こうしたCASTの制御機構の詳細な理解は、哺乳類細胞における標的部位特異的DNA挿入ツールの開発にとって有用な知見を与えるものと期待される。受賞者のコメント 自分が筆頭著者としてはじめて三大誌に掲載された論文で、このような賞を受賞でき大変光栄です。選考してくださった皆様ありがとうございます。審査員のコメント森岡和仁 先生: ゲノム編集2.0業界では大御所 Feng Zhang グループのCRISPR生物学に基づく新しい有望なツールCASTの報告。この新規技術が有用であることに疑いはなく、まだ実現に至っていないヒト細胞におけるDNA二本鎖切断に依らない長鎖DNAのノックイン技術への序章と察する。 本郷有克 先生: トランスポゾンを利用した新しい遺伝子挿入技術の基礎的な発見であり、興味深い。哺乳類細胞における遺伝子挿入ツールとして研究を進化させることを期待している。二見崇史 先生: 専門分野の壁を超えて伝わる価値があり、科学的好奇心をひきつける研究である。特に新たなゲノム編集技術として期待する。一方、ゲノム編集の医療用途としてはCASTの送達方法も検討頂きたい。黒田垂歩 先生: 巨額の投資がなされているCRISPR技術、その新しい展開をもたらすCASTに関する論文。著者はCRISPR技術の生みの親の一つと言えるラボに所属。CASTを用いた新しい遺伝子編集創薬がここから起こる可能性あり。筆者はこの発見を元に既に起業済みと聞いている。エピソード 博士課程まで哺乳類細胞のタンパク質のはたらきを研究していた私にとって、本研究のようなバクテリアを用いたゲノム編集技術開発は、何から何まではじめてのことが多く、最初の数ヶ月は色々と大変でした。ポスドクは新しい事を学ぶ最後のトレーニング期間なので、これから留学される方々も、物怖じせずに新しい分野へと飛び込んでいってほしいと思います。1)研究者を目指したきっかけ 研究者(特にアカデミックの)はまだ誰も答を知らない問題を自ら設定し、論理的思考を積み重ねることで、それに対する解答を世界中の人に与えられる唯一の職業であり、この過程において、自分の知的好奇心が満たされるから。2)現在の専門分野に進んだ理由 急速な技術発展により、生命の設計図であるゲノム配列が多くの生物で明らかになってきている。しかし、そこに書いてある内容が何を意味しているか、すなわち、どうやってそれぞれの遺伝子がはたらき、生命活動が行われているかはほとんど分かっていない。私は、他の生物が持っている有用な遺伝子のはたらきを明らかにして、さらにヒトの細胞ではたらくように改造することで、病気の治療に役立てようとしている。膨大なゲノム配列情報の中から有用な遺伝子を探す過程は宝探しをしているようで面白いし、また、その結果が病気を治すことにつながるとすれば、研究者としてこれ以上幸せなことはないから。3)この研究の将来性 遺伝子の欠損によって引き起こされる病気は根本的な治療法がない場合が多い。たとえば筋ジストロフィーはその一例である。私は現在、シアノバクテリア由来の、移動先を自由に変更して動くタイプの遺伝子を、ヒトの体ではたらくように改造しようとしている。動く遺伝子の行き先を人の手によってプログラムすることで、欠損した遺伝子を欠損している部位へと誘導することによって、病気の原因となる遺伝子を正常な形に戻し、そういった不治の病を治すことができる。
Makoto Saito, Ph.D.[分野:物理学]Dual modes of CRISPR-associated transposon homing (CRISPRを用いて動く遺伝子の宿主ゲノムへの帰還機序の解明)Cell, March 2021概要 ゲノム編集で有名なCRISPR-Casシステムは原核生物における獲得免疫機構のひとつである。他方、トランスポゾン はゲノム上を“動く遺伝子”として知られる。近年、原核生物のトランスポゾンがCRISPR-Casシステムをその転移機構に転用していることが明らかになり、CRISPR随伴トランスポゾン (CRISPR-associated transposon: CAST)と名付けられた。Cas9のような、一般的にゲノム編集に用いられているCRISPR-Casシステムでは、CRISPR RNA(crRNA)がDNA切断活性を持ったヌクレアーゼをcrRNAのガイド配列に一致する部位へと誘導して切断を引き起こす。CASTにおいては、crRNAによって誘導されるCasタンパク質のDNA切断活性は失活しており、代わりにトランスポゾンをその部位に転移させる。このガイドRNA誘導性DNA挿入システムは、これまでのCRISPR-Cas同様にゲノム編集ツールとしての可能性を秘めており、原核生物においてcrRNAとトランスポゾン内部の配列を人為的に改変することで、標的部位に任意のDNA配列を挿入できると実証されている。 さて、原核生物のゲノム上に見出されるCASTであるが、そのcrRNAガイド配列がCASTの周辺配列に一致することは稀であり、むしろ特定遺伝子の近傍に多く見出される。しかし、どのようにしてCASTがゲノム上の特定部位へと自身を転移させているのか、その作用機序は不明であった。この理由を解明すべく2つのタイプのCASTシステム(V-K, I-B)に注目したところ、V-Kは特有の帰還用crRNA、I-Bは帰還先を標的とするDNA結合タンパク質をそれぞれ用いて宿主のゲノム特定部位へと帰還することが明らかとなった。両システムともcrRNAを用いてプラスミドなどの可動遺伝因子へとRNA誘導性に転移する点は同じであるが、宿主ゲノムへの帰還という共通の目的を達成するために2通りの異なった手法(帰還用crRNAあるいは標的DNA結合タンパク質)へと行き着いた点は興味深い。 相同組み替えなど、細胞のDNA修復機構に依存した既存の方法では、神経細胞のような非分裂細胞におけるノックインは効率が悪いことが知られているが、CASTがヒトを含む哺乳類細胞で利用可能となれば、細胞種固有のDNA修復効率に頼らずにノックインすることができる。さらには、CASTが10000塩基対を超える巨大なサイズであることをふまえると、原理的にはそうした巨大DNA配列を挿入することも可能だろう。本論文で、CASTの生活環を明らかにし、同時に新規のCAST I-Bシステムを報告した。こうしたCASTの制御機構の詳細な理解は、哺乳類細胞における標的部位特異的DNA挿入ツールの開発にとって有用な知見を与えるものと期待される。受賞者のコメント 自分が筆頭著者としてはじめて三大誌に掲載された論文で、このような賞を受賞でき大変光栄です。選考してくださった皆様ありがとうございます。審査員のコメント森岡和仁 先生: ゲノム編集2.0業界では大御所 Feng Zhang グループのCRISPR生物学に基づく新しい有望なツールCASTの報告。この新規技術が有用であることに疑いはなく、まだ実現に至っていないヒト細胞におけるDNA二本鎖切断に依らない長鎖DNAのノックイン技術への序章と察する。 本郷有克 先生: トランスポゾンを利用した新しい遺伝子挿入技術の基礎的な発見であり、興味深い。哺乳類細胞における遺伝子挿入ツールとして研究を進化させることを期待している。二見崇史 先生: 専門分野の壁を超えて伝わる価値があり、科学的好奇心をひきつける研究である。特に新たなゲノム編集技術として期待する。一方、ゲノム編集の医療用途としてはCASTの送達方法も検討頂きたい。黒田垂歩 先生: 巨額の投資がなされているCRISPR技術、その新しい展開をもたらすCASTに関する論文。著者はCRISPR技術の生みの親の一つと言えるラボに所属。CASTを用いた新しい遺伝子編集創薬がここから起こる可能性あり。筆者はこの発見を元に既に起業済みと聞いている。エピソード 博士課程まで哺乳類細胞のタンパク質のはたらきを研究していた私にとって、本研究のようなバクテリアを用いたゲノム編集技術開発は、何から何まではじめてのことが多く、最初の数ヶ月は色々と大変でした。ポスドクは新しい事を学ぶ最後のトレーニング期間なので、これから留学される方々も、物怖じせずに新しい分野へと飛び込んでいってほしいと思います。1)研究者を目指したきっかけ 研究者(特にアカデミックの)はまだ誰も答を知らない問題を自ら設定し、論理的思考を積み重ねることで、それに対する解答を世界中の人に与えられる唯一の職業であり、この過程において、自分の知的好奇心が満たされるから。2)現在の専門分野に進んだ理由 急速な技術発展により、生命の設計図であるゲノム配列が多くの生物で明らかになってきている。しかし、そこに書いてある内容が何を意味しているか、すなわち、どうやってそれぞれの遺伝子がはたらき、生命活動が行われているかはほとんど分かっていない。私は、他の生物が持っている有用な遺伝子のはたらきを明らかにして、さらにヒトの細胞ではたらくように改造することで、病気の治療に役立てようとしている。膨大なゲノム配列情報の中から有用な遺伝子を探す過程は宝探しをしているようで面白いし、また、その結果が病気を治すことにつながるとすれば、研究者としてこれ以上幸せなことはないから。3)この研究の将来性 遺伝子の欠損によって引き起こされる病気は根本的な治療法がない場合が多い。たとえば筋ジストロフィーはその一例である。私は現在、シアノバクテリア由来の、移動先を自由に変更して動くタイプの遺伝子を、ヒトの体ではたらくように改造しようとしている。動く遺伝子の行き先を人の手によってプログラムすることで、欠損した遺伝子を欠損している部位へと誘導することによって、病気の原因となる遺伝子を正常な形に戻し、そういった不治の病を治すことができる。
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