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執筆者の写真Aki IIO-OGAWA

[論文賞]齋藤 諒/ブロード研究所

Makoto Saito, Ph.D.
[分野:Tomorrow 3]
真核生物初のゲノム編集ツールの発見
Nature, 01-June-2023

概要
CRISPR-Cas9のヒト細胞への適応が報告されてから早10年になる。より効率良く、かつ正確にゲノム編集を行うためにCRISPR-Casの多様性の解析が進み、Cas12、Cas3など様々なCasエフェクターが同定されてきた。こうした試みの中で我々はCas9とCas12の進化的起源が原核生物の転移因子にコードされるタンパク質IscB、TnpBであることを明らかにし、これらプログラム可能なRNA誘導性DNA切断酵素をOMEGAと命名した。OMEGAは比較的小さなサイズで臨床応用に際し体内にデリバリーしやすいという利点がある。このように多様なゲノム編集ツールが見つかってきたものの、その全ては原核生物由来であり、真核生物もプログラム可能なDNA切断酵素を備えているかどうかは最大の謎であった。
さて、Cas12の祖先であるTnpBであるが、カビのような単細胞真核生物のトランスポゾンにTnpBと相同なタンパク質が存在していることが2013年に報告されており、そのホモログはFanzor(Fz)と命名された。もちろん当時はTnpB のOMEGAとしてのRNA誘導性DNA切断活性は知られておらず、Fzの機能は曖昧なまま論文は締め括られていた。
そこで我々は、Fz の機能を明らかにするため、系統樹解析、生化学実験、ゲノム編集への応用、構造解析を行なった。まずAlphaFold2による構造予測を用いたマイニングにより、軟体動物など多細胞生物由来のものなど新たなFzを同定し、そのレパートリーを拡大した。次に、酵母を用いてFzを精製し、実際にプログラム可能なRNA誘導性DNA切断酵素であることを明らかにした。さらに、Fzをヒトゲノム編集ツールとして利用できることを示し、最後にそのcryo-EM構造を得ることで、TnpBやCas12との構造類似性も確認した。すなわち、Fzは真核生物初のプログラム可能なRNA誘導性DNA切断酵素であることを包括的に証明した。
ここに、3つの生物ドメイン全てにCRISPR-Cas様のDNA切断酵素が備わっていることが明らかとなった。原核生物に比べて真核生物のゲノムは複雑であり、それほど解析が進んでいない。Fzはあくまで氷山の一角に過ぎず、真核生物ゲノムも対象にしたマイニングを行なっていくことで、さらに多くのゲノム編集ツールが発見できると期待される。

受賞者のコメント
自分が筆頭著者としてはじめてNatureに掲載された論文で、このような賞を受賞でき大変光栄です。選考に関わった皆様ありがとうございます。

審査員のコメント
武部 貴則 先生:
本領域でもっともActiveな研究チームであるZhang Labから報告されていたDNA切断酵素TnpBと相同性の高いタンパク質であり、真核生物に存在するFanzorに着目し、本タンパク質が真核生物初のプログラム可能なRNA誘導性DNA切断酵素であることを立証した。Fz同定から構造解析、さらには、人細胞への応用などバランスよく実験が行われている。ホットな研究である。今後Fzの生物学的な意義が示されることで、真核生物における役割や、原核生物由来の類似タンパク質との違いが理解されることによって、人類への応用に向けても将来が嘱望される研究である。

中村 能久 先生:
近年の分子生物学の進展はゲノム編集ツールの利用なしでは成り立たないほど、その重要性が増している。研究現場では、CRIPSR-Cas9など、原核生物由来のRNA依存性DNAヌクレアーゼシステムを利用して、真核生物内でのゲノム編集を行うことが実験応用されているが、真核生物内がゲノム編集しうるDNAヌクレアーゼを備えているかは不明であった。この論文では、系統樹解析、生化学実験、構造解析、そして、ゲノム編集技術などを駆使し、Fanzor(Fz)が真核生物初のゲノム編集能を備えたRNA依存性DNAヌクレアーゼであることを証明した。論文内の多角的な証明方法は目を見張るものがあり、また、真核生物初の知見であること、今後の更なるゲノム編集機構・ツールの理解、そして、技術応用など、多岐にわたるインパクトが大きい重要な論文であることは間違いない。

小藤 智史 先生:
2020年にノーベル賞を受賞するなど、現在の生命科学研究において必須の技術となった CRISPR-Cas9 を用いたゲノム編集であるが、その全てが原核生物由来のシステムを使用していた。本論文では、Casタンパク質のホモログをゲノム配列解析、生化学的解析、構造解析など多方面から検討することで、真核生物由来のゲノム編集システムの可能性を探っている。本論文結果は、真核生物内のシステムを用いたゲノム編集技術の開発および将来の医療への応用などへ発展する可能性を秘めている。

湯川 将之 先生:
ゲノム編集技術に関連する新しい報告。これまでCas9やCas12などの原核生物由来の酵素の解析が主流でしたが、最新の報告では真核生物由来のFanzorがゲノム編集能力を持つことが明らかにされました。生化学的アプローチから最新のクライオ電子顕微鏡の技術に至るまで駆使し、Fanzorの機能とDNA切断メカニズムを明らかにしています。また、この研究はゲノム編集技術において世界で最も先駆的な研究者であるDr. Feng Zhangの指導の下で行われ、応募者は今後のこの分野を牽引する期待が大きいです。この解析で明らかとなった技術は応募者を含めた研究グループで特許を取得しており、その面でも他の研究グループに比べて一歩先を行っています。なおかつこの技術が商業化された場合には、応募者が受ける成果は大きいものと期待されます。

エピソード
1)研究者を目指したきっかけ
分子の集合がどのようにして細胞という自己複製する生命体を創り上げるのかに強く興味を持ったから。
2)現在の専門分野に進んだ理由
博士課程まで病気の分子機構を研究しており、病気に関連する分子の異常を修復するための方法論として、生物工学とくにゲノム編集が魅力的だったため。
3)この研究の将来性
ゲノム編集は病気に関連する遺伝子の異常を修復できる新たな治療法として近年注目されている。しかし、ゲノム編集に使われるDNAを切断するハサミであるCas9は、患者さんの体内へ運搬するためのウイルスベクターには大きすぎるという難点がある。FanzorはCas9の半分程度の大きさであるため、余裕を持ってベクターに搭載でき、より臨床応用しやすい可能性がある。また、Fanzorはこれまでバクテリアなどの原核生物より同定されてきた種々のゲノム編集用酵素と異なり、真核生物由来である。Fanzorの発見により真核生物でのゲノム編集用酵素の探索が促進され、将来的にさらに有用なものが見つかる可能性もある。
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