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[奨励賞] 井上 晋一 / 慶應義塾大学医学部

Shinichi Inoue, Ph.D.

分野 : がん分野


論文リンク


論文タイトル

Short-term cold exposure induces persistent epigenomic memory in brown fat


掲載雑誌名

Cell Metabolism


論文内容

"恒温動物は外界の温度変化にかかわりなく体温を一定に保つ能力を持っている。急激な環境温度低下において、齧歯類・哺乳類は一時的な骨格筋を介した「震え」、褐色脂肪細胞による「非震え」による熱産生によって体温を維持する。しかしながら、褐色脂肪細胞が環境温度の変化をどのように感じ取り、記憶するのか、そもそも褐色脂肪細胞に環境温度に対する記憶が存在するかどうかは明らかではない。

 2017年、当研究室では褐色脂肪細胞特異的histone deacetylase 3(HDAC3)をノックアウトしたマウス(HDAC3 BKO)を作製し、HDAC3 BKOマウスは4℃の急性寒冷刺激を行うと即座に低体温になり死亡してしまうことを報告した (Nature)。熱産生メカニズムは未解明な部分が多く、急激な温度低下では屈してしまう遺伝子改変マウスも外的温度を緩やかに下げた場合には寒冷環境に順応できるといった報告もされている。

 本研究ではHDAC3 BKOマウスを一時的に15℃で24時間飼育することによって、これまで生存困難であった4℃の環境温度下でも生存可能になることを見出した。HDAC3 BKO褐色脂肪細胞では熱産生に重要な遺伝子であるUCP1およびPGC1-aの発現が劇的に減少しているが15℃の寒冷刺激によって完全に改善していた。実際、HDAC3; UCP1 およびHDAC3; PGC1-aダブルノックアウトマウスでは一度15℃の寒冷刺激を受けているにも関わらず4℃寒冷刺激において低体温となりマウスが死亡した。興味深いことに、この15℃寒冷刺激による効果は7日間持続することがわかった。RNA-seq, ChIP-seq, ATAC-seq, GRO-seqなどの網羅的オミックス解析を行いそのメカニズムの解明に取り組んだところ、転写因子であるC/EBPbを寒冷誘導・記憶因子として同定した。C/EBPbは寒冷刺激を受けたマウスの褐色脂肪だけではなく、一時的に寒冷刺激を受けたヒト褐色脂肪生検サンプルでも上昇するとともに、熱産生に関連する遺伝子の持続的なエピゲノム変化に重要であった。HDAC3 BKOマウスに対してアデノ随伴ウイルスを用いて褐色脂肪特異的にC/EBPbをノックダウンしたところ、15℃の寒冷記憶は完全に消失し4℃寒冷刺激において低体温となった。このことから褐色脂肪細胞において一度受けた寒冷刺激を記憶する因子としてC/EBPbが重要であることを明らかにした。"


受賞コメント

 この度は奨励賞を受賞する機会を頂き、大変光栄に存じます。本研究を進める上で協力頂いたLazar Labメンバー、共同研究者、家族またフェローシップをサポートして頂いた大学、各財団に感謝いたします。またご多忙の中、論文審査をして頂いた選考委員の先生方に御礼申し上げます。



審査員コメント

山田 かおり 先生

褐色脂肪細胞内でC/EBPβが15℃寒冷刺激を記憶し熱賛成に重要なUCP1とPGC-1α発現をあげて4℃寒冷刺激に耐えているという、新規で面白い発見です。トピックがまず面白い上に、丁寧に圧倒的な量のデータを重ねて説明してくれるのでとっつきやすく、引き込まれます。ダブルノックアウトやRNA-seq、GRO-seq、ChIP-seq、ATAC-seqなどパワフルなツールを効果的に使って問題を解き明かしていく様は痛快です。見事なお仕事です。


園下 将大 先生

体温の恒常性の維持機構を解明した論文として顕著な意義を有すると思われるが、本賞はがん研究を対象としているため、審査の俎上に乗らないものと判定する。


磯崎 英子 先生

生命科学において、大変重要で興味深いテーマです。その他の機構の解明や、ヒトにおける検証では地域差が結果に影響するのかなど、更なる展開が期待されます。



エピソード

 私が今後留学をする人に伝えたいのは決してどんなときでも研究を諦めないこと、研究者同士の出会いを大事にして欲しいということです。私は留学後、1週間でコロナウイルス流行による大学ロックダウン、日本への一時帰国、一時帰国中に留学先の研究室主宰者の急逝による研究室閉鎖、その後、現所属研究室にトランスファーされるまで1年間に複数の研究室を移動することになりました。今回、受賞に至った論文はアメリカで研究した内容ですが元となる研究技術やアイデアは日本で一時滞在した研究室で得たものです。留学先を再度探すことや研究室を数ヵ月で移動し環境が変わることは大変ストレスでしたが様々な研究室の研究主宰者、同僚が短期滞在にもかかわらず私のために研究環境を整備して下さりました。コロナ下で 1年に 4つの研究室を渡り歩く経験をしたことで研究は一人ではなく人との繋がりの中で育まれていることを強く感じました。今後留学する人へのメッセージとして、トップジャナールに論文を出すことも重要であると思いますが、有能な同僚と切磋琢磨する環境で自らのサイエンスフィールドを確立するとともに独立時に共同研究ができる人脈を広げることを特に大事にして頂きたいと思います。


1)研究者を目指したきっかけを教えてください

 研究者を目指したきっかけは大学卒業研究のために配属された研究室で良きメンターと出会い、サイエンスが好きになれたことかと思っています。


2)現在の専門分野に進んだ理由を教えてください

 私は食べることも好きで、運動はどちらかというと嫌いです。年を取るにつれて若いころと同じ量の食事をとると太ってくるようになり、カロリーを気にして以前と同じように食事をすることが楽しめなくなってきました。そんな時に知ったのが、褐色脂肪細胞が活性化している人または多く持っている人は太らない、肥満者では褐色脂肪細胞が減少しているという研究です。運動はしたくないけど好きなものを好きなだけ食べたい、こんな私のような考えを持つ仲間の手助けになればと思いこの分野で研究をしています。


3)この研究が将来、どんなことに役に立つ可能性があるのかを教えてください。

 褐色脂肪細胞の活性化は食事を摂取したときに発生する熱産生に寄与しカロリー消費量亢進と関係しています。将来的に褐色脂肪細胞を活性化する最適環境温度(エアコンによる制御など)、食事、薬を開発し肥満・2型糖尿病予防に繋げます。

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