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[奨励賞] 村上 恵 / アメリカ国立衛生研究所

Megumi Murakami, M.D., Ph.D.

分野 : がん分野


論文リンク


論文タイトル

Second-site suppressor mutations reveal connection between the drug-binding pocket and nucleotide-binding domain 1 of human P-glycoprotein (ABCB1)


掲載雑誌名

Drug Resistance Updates


論文内容

"化学療法は癌患者にとって重要な治療法の一つであるが、癌細胞がしばしば抗がん剤耐性を獲得することで化学療法の継続が困難となることが少なくない。抗がん剤耐性の原因の一つに癌細胞膜表面に発現するATP結合カセット(ATP-binding cassette: ABC)トランスポーターがある。ABC トランスポーターはATP加水分解のエネルギーを利用して多種多様な治療薬を細胞外に排出することで、抗がん剤治療の効果を低下させる。そのためこれまでに多くのABCトランスポーターの阻害剤の開発が行われてきた。しかしながら、ABCトランスポーターは消化管、肝臓、腎臓、胎盤などの正常組織でも発現しておりヒトの身体を有害な物質から保護する働きもあるため、これまでに開発された阻害剤の多くは生体にとって毒性が高く、これまでに阻害剤は臨床応用されていない。

近年ではABCトランスポーターの構造とその機能の解明が注目されており、ABCトランスポーターのうち最もよく研究されているP糖タンパク質(P-glucoprotein: P-gp)のタンパク構造も明らかになってきている。私の所属するアメリカ国立衛生研究所のDr. Ambudkar LabではP-gpのタンパク質の変異体を作成し、変異体による薬物の輸送機能を評価することで変異させたアミノ酸の役割、重要性を研究してきた。本研究では、P-gpの基質結合部位に6つの変異を加えたところ(6Y mutant)、P-gpの輸送機能が抑制されたことが明らかになった。さらに、この変異にもう1箇所の変異を加えると(細胞内に位置するIntracellular loopのうちの1つ、F916Y)6Y mutantによって抑制されていたP-gpの機能が回復することが明らかになった。この、最初の変異によって発生した機能を2ヶ所目の変異によって抑制する現象はSecond-site suppressorと呼ばれている。

Second -site suppressorの例として、嚢胞性線維症(Cystic fibrosis: CF)はABCトランスポーターの一つであるcystic fibrosis transmembrane conductance regulator (CFTR) 遺伝子の変異(主にF508欠損)で発症するが、この変異は新たに追加した変異により改善することが報告されており、Second-site suppressorを標的とした創薬の研究も行われている。本研究はヒトP-gpの輸送機能においてこの現象を確認した初めての報告であり、この発見が今後P-gpの更なる輸送機能解明や有効な阻害剤の発展などに有益となると考えられる。


受賞コメント

奨励賞を受賞することができ大変光栄です。留学生活は当初の予定よりもとても長く7年にもわたり、UJA論文賞応募時期がちょうど留学の締めくくりと重なったので、その集大成として記念で応募してみました。留学した記録がこのような形で残せたのをとても嬉しく思います。



審査員コメント

平田 英周 先生

抗がん剤耐性の一因となるヒトP-gpにおいて、変異によるトランスポート機能の喪失を回復させるsecond-site suppressor変異を初めて同定した研究成果です。変異体のトランスポート機能やATP加水分解活性を実験的および分子動力学シミュレーションによって詳細に解析しています。P-gpの構造と機能の理解を深めるのみならず、他のABCトランスポーターの機能や薬剤耐性機構の解明に繋がる可能性を秘めると共に、これらの機構を標的とした新規治療法の開発に向けて新たな知見を提供する素晴らしい研究成果であり、今後の発展が大いに期待されます。


磯崎 英子 先生

近年、多くの新規がん治療が開発されてきましたが、化学療法は臨床において欠くことのできない治療選択肢であり、その薬剤耐性は重要な研究課題です。がん細胞P-gpのsecond-site suppressorは大変興味深い現象であり、実臨床においてどのくらいの頻度で本現象が見られるのかや、遺伝子編集技術を応用した阻害剤開発など、今後の展開が楽しみです。


小林 祥久 先生

薬剤を細胞外に排出するABCトランスポーターのうちP糖タンパク質についての論文です。先行研究で薬剤結合ポケットに15アミノ酸の変異を加えると薬剤排出機能がなくなることを見出したことをもとに、詳しく調べることで6アミノ酸の変異で排出されなくなること、さらに1つの変異を加えると逆に排出機能が回復することを見つけました。本結果をさらに発展させて、例えば新たなscreening法によってどの変異で機能が喪失し、どの変異でまた回復するかについて網羅的にカタログ化できると今後の創薬への応用がさらに期待できそうです。




1)研究者を目指したきっかけを教えてください

もともと消化器外科を専攻した臨床医として働いていましたが、先輩の先生が基礎医学の知識を意識して臨床に臨んでおり、自分でも基礎の知見を深めたいと思ったことが博士課程に進んだきっかけでした。


2)現在の専門分野に進んだ理由を教えてください

消化器外科医としてがん患者さんに向き合うことが多かったので、がんに関係する研究をしたいと思いました。


3)この研究が将来、どんなことに役に立つ可能性があるのかを教えてください。

がん患者さんにとって、抗がん剤治療は重要な治療の一つですが、抗がん剤治療を継続していくうちにがん細胞が抗がん剤に耐性をもち、治療を継続することが困難となることがしばしば起こります。その抗がん剤耐性の一つの原因にP-glycoprotein (P-gp) というタンパクの発現があり、このタンパクが抗がん剤を細胞外に排出してしまいます。現在このタンパクがどのようにして抗がん剤などの薬物を排出するのかその機能と構造の解析が進んでおり、今回の研究はその機能解析の一助になると考えています。

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