[奨励賞] 牧野 祐紀 / MDアンダーソンがんセンター
- UJA Award
- 13 時間前
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Yuki Makino, M.D., Ph.D.
分野 : がん分野
論文リンク
論文タイトル
Metabolic reprogramming by mutant GNAS creates an actionable dependency in intraductal papillary mucinous neoplasms of the pancreas
掲載雑誌名
Gut
論文内容
"膵癌は膵上皮内腫瘍性病変(Pancreatic intraepithelial neoplasia; PanIN)または膵管内乳頭粘液性腫瘍(Intraductal Papillary Mucinous Neoplasm; IPMN)という前癌病変から発生するが、PanINに比しIPMNの発生・進展機構には不明な点が多い。当研究室では、Doxycycline (Dox)誘導性にGnas変異を発現する膵特異的Kras・Gnas変異マウス(KGマウス)を作成し、Dox非投与下ではPanINから膵癌が発生し、Dox投与下ではIPMNから膵癌が発生することを以前に報告した。Kras、Gnas は、IPMNにおいて最も高頻度に変異が認められる2遺伝子であり、本モデルからGnas変異がIPMNの発生に深く関与していることが想定されるが、その生物学的役割は不明であった。
今回の研究では、まずKGマウスの膵腫瘍より細胞株を樹立し(KG細胞)、In vitroにおいて遺伝子発現プロファイルを解析したところ、DoxによるGnas変異の誘導により胃粘膜細胞に特有のマーカーの発現が上昇することが明らかとなった。KGマウスの膵組織ではこれらのマーカーを高発現する細胞集団がDox投与下で特異的に出現し、IPMNに特徴的な嚢胞性病変を形成していた。この遺伝子発現パターンは低悪性度のIPMNに多く認められる胃型IPMNという組織サブタイプに特徴的な変化であり、Gnas変異が膵上皮細胞の胃型分化を誘導することが示唆された。
次にKG細胞においてCRISPR screeningによりGnas変異誘導時に特異的な生存必須遺伝子を探索すると、Gpi1、Slc2a1の2種類の解糖系関連遺伝子が抽出された。Gnas変異を誘導するとcAMP/PKA経路を介して解糖系酵素PFKFB3がリン酸化され、解糖系が亢進することが確認された。解糖系の亢進は特に胃型分化マーカーを高発現する細胞で顕著であった。KG細胞においてGpi1またはSlc2a1を欠損させると、解糖系の抑制とともに細胞増殖が著明に抑制され、胃型分化関連遺伝子の発現も抑制された。
本研究によりGnas変異は胃型分化の誘導を介してIPMNの初期発生に寄与するとともに、代謝リプログラミングにより解糖系依存状態を生じることが明らかとなった。IPMNは現在特異的な治療法が存在しないが、解糖系の亢進が治療標的となる可能性が示唆された。
受賞コメント
この度は奨励賞を頂き誠に有難う御座います。本研究は、研究室に以前に在籍されていた日本人の研究者の先生方から代々続いてきたものであり、論文にまとめることができて大変光栄に思うとともに、先代の先生方に深く感謝申し上げます。IPMNの病態形成メカニズムはまだまだ不明な点が多いですが、本研究をさらに発展させ、さらなる病態解明と治療開発につなげていきたいと思っています。
審査員コメント
山田 かおり 先生
KRASとGNASの変異によりIntraductal Papillary Mucinous Neoplasm (IPMN) から膵癌にいたる際にムチン産生が上がり解糖系依存性が上がることをRNA-seq、single cell RNA-seq、spatial transcriptomics、genome-wide CRISPR/Cas9 loss-of-function screeningで解明した重要な論文です。仕事量の多さにまず驚かされました。それぞれのアッセイで得た知見をまた別のアッセイに適応して仕事を進める、よく論理的に考えられた構成で、伏線が回収されてバチっとはまるような面白さがありました。素晴らしい論文です。
園下 将大 先生
いまだ有効な治療法のない膵がんの発生過程解明に向け、臨床で観察されるGnas変異の影響を解析した価値のある論文です。Gnas変異が生じたがん細胞が依存する生存維持経路として解糖系の同定にも成功しており、今後の診断マーカーや治療法の開発にも資するものと期待されます。
小林 祥久 先生
本研究は、予後の悪い膵臓がんにおいて高頻度に検出されるKRAS変異と同時に起こるGNAS変異の意義について注目したユニークな論文です。DOX誘導型のモデルからGNAS変異が膵上皮細胞の胃型分化を誘導することを見出し、CRISPR screeningによってGNAS変異が同時に生じるときに初めて解糖系関連遺伝子が生存必須になることを発見しました。co-mutationの多くはpassenger変異で直接的な意義は乏しいと考えられていますが、本研究はGNAS変異のbiologyの追求から新規治療標的候補を見出した素晴らしい論文です。
1)研究者を目指したきっかけを教えてください
医学部を卒業して研修医として働いている際に、治すことのできない疾患(特にがん)を診る機会があまりにも多く、医学の無力さを感じたことです。
2)現在の専門分野に進んだ理由を教えてください
消化器内視鏡を用いた検査・治療に魅力を感じて消化器内科を専門としました。消化器内科は多岐にわたる臓器・疾患を扱いますが、がん研究に興味があり、難治癌の多い肝胆膵がんの研究を続けています。
3)この研究が将来、どんなことに役に立つ可能性があるのかを教えてください。
膵臓癌は予後の悪い癌として有名ですが、癌になる手前の前癌病変から発生することが分かっています。IPMNは前癌病変の一つであり画像検査で診断できるため、癌になる前に早期発見することができます。この研究により、IPMNに対する新規治療法の開発に繋がり、膵臓癌の発生を予防できるようになる可能性があります。
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