top of page
執筆者の写真cheironinitiative

[論文賞]中村 俊崇/ヘルムホルツミュンヘン

Toshitaka Nakamura
[分野:ベルギー・ドイツ]
(FSP1の相分離を誘導する新規薬剤の発見)
Nature, 28-June-2023

概要
フェロトーシス(Ferroptosis)は鉄依存性の脂質過酸化を特徴とする細胞死として2012年に報告された比較的新しい細胞死として知られている。近年では、神経変性疾患、癌などの様々な疾患との関連が報告され、それらの治療標的として注目されている。特に、転移性のがんや薬剤耐性のがん細胞ではフェロトーシス感受性が高まることから、難治性の腫瘍に対抗する上で、非常に有望な手法として考えられている。
最近、FSP1(ferroptosis suppressor protein-1)が、NAD(P)Hを消費してユビキノンを還元し、脂質の過酸化を抑制する、第二のフェロトーシス抑制酵素として同定され、新たな抗がん剤の標的として考えられていた。しかしなが、FSP1阻害剤として初めて報告されたiFSP1は生体内で安定ではないなどの理由から、抗がん剤としての適応は困難であった。
本論文では、治療薬としての次世代フェロトーシス誘導剤となりうるFSP1阻害剤を開発するために、小分子ライブラリースクリーニングを行い、icFSP1を強力なFSP1阻害剤として新たに同定した。予想に反して、icFSP1は、第一世代のiFSP1とは異なり、FSP1の酵素活性を直接的に阻害するのではないことが無細胞系の実験で明らかになった。さらに詳細な解析を進めていくと、icFSP1は、N末端のミリストイル化を通じて細胞膜に係留しているFSP1を細胞内で膜から乖離させ、FSP1の局在変化を誘導し、FSP1の凝縮(condensates)を引き起こすことを見出した。icFSP1が誘導するFSP1の凝縮体は、水と油が互いに分離、凝集するような、相分離と呼ばれる現象を介してお互いに融合することでFSP1を阻害していることが明らかになった。また、マウスモデルにおいても、icFSP1が腫瘍増殖を抑制し、腫瘍内でFSP1の凝縮を引き起こすことがわかり、icFSP1の分子機構とその応用可能性を示した。
これらの知見は、FSP1の相分離が新たながん治療戦略となりうることを示すと同時にフェロトーシスと相分離の関係を繋いだ最初の研究である。また、タンパク質の相分離の誘導そのものが創薬標的になりうるという新たな可能性を提示するものでもある。

受賞者のコメント
博士課程の仕事にこのような賞を頂けましたこと大変光栄に思います。私のボスであるMarcus Conradやラボメンバー、共同研究者の方々に感謝しております。そして、論文を評価してくださった審査員・UJA運営委員の先生方に、この場をお借りして御礼申し上げます。

審査員のコメント
大久保 正明 先生:
難治性腫瘍の新たな治療法として、今後も非常に期待される研究です。

須藤 晃正 先生:
本癌は日本人の死亡率1位であり、近年、抗がん剤治療薬として免疫チェックポイント阻害薬が注目されている。しかしながら、この薬剤は副作用として免疫関連有害事象も報告されている。Nakamura等が今回報告しているフェロトーシス誘導剤としてなりうる可能性を示したicFSP1は異なる機序からの治療アプローチであり、今後の新たな抗がん治療薬開発の礎となりうる貴重な基礎研究の一つと思われる。

谷 哲夫 先生:
フェロトーシスの制御因子のFSP1に対する阻害剤のスクリーニング過程でFSP-1の局在変化である相分離を標的とした新規治療戦略の可能性を発見した。今後の治療開発が期待され、インパクトの大きな研究である。

矢川 真弓子 先生:
近年、Apoptosisの新概念の一つであるFerroptosisは難治性腫瘍に対する治療戦略として注目されている。マウスモデルにおいて、FSP-1の相分離が腫瘍増殖を抑制することを示し、今後の生体応用が期待される研究である。

エピソード
1)研究者を目指したきっかけ
父が研究者であり、幼少期の育った環境が、つくばという研究学園都市で研究というものが身近にあったことが研究者を目指すきっかけとなりました。


2)現在の専門分野に進んだ理由
高校生の時に手術入院した際に、薬がなぜ人に効くのかということに興味を持ち、それが薬学部を目指すきっかけになりました。その後、薬学を学ぶうちに細胞内のシグナル伝達や恒常性維持機構に関心を持ち、中でも細胞死というものに惹かれました。現在のフェロトーシスと呼ばれる新しいタイプの細胞死はさまざま疾患との関わりが示唆されてきています。この分野の研究が将来、薬につながる可能性を強く感じて、現在この分野の研究をしております。

3)この研究の将来性
フェロトーシスは治療抵抗性のがんや転移性のがんに対して有効であることが知られています。この研究では、フェロトーシス誘導に対する新しいアプローチを提供するものであり、がん治療への応用が期待されます。

閲覧数:187回0件のコメント

最新記事

すべて表示

Comments


bottom of page