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執筆者の写真cheironinitiative

[論文賞] 兼子拓也 / University of Michigan

Takuya Kaneko, PhD.

発生環境に適応した神経回路が形成させる機構の解析https://www.cell.com/neuron/fulltext/S0896-6273(17)30558-5

Neuron, 95:623-638, 2017

論文内容:動物は周囲の状況に応じて行動を選択する。このような“情報認識”および“反応行動”は体内を巡る神経細胞同士の回路によって成り立っている。周囲の外部情報は感覚刺激として感覚神経によって受容され、その情報は脳などの中枢へ伝達される。一方で、中枢神経系は運動神経に働きかけ、行動を導く。このように動物の根幹を担う神経系は、全てが遺伝情報に基づいて機能しているのではなく、環境に合わせて柔軟に性質を変化させる。それにより遺伝情報を共有する同一種内の個体間であっても、それぞれ固有の生育環境に適した行動が選択される。さらには、発生過程に周囲の環境から与えられた感覚刺激が、成熟期の神経機能に影響を及ぼし得ることも明らかになっている。しかし、どのように発生期の“経験”が、長期にわたり神経の働きに影響を与え続けるのかに関しては、未だ多くが謎に包まれている。この問いに答えるため我々は、ショウジョウバエ(Drosophila Melanogaster)幼虫の感覚神経系に着目した。ショウジョウバエ幼虫は、痛覚刺激(痛みの刺激、刺激性化学物質など)の多い環境で発生すると、成熟期において、痛覚刺激に対する忌避行動(体の回転行動)が抑制されることを我々はまず見出した。一方で、この痛覚刺激の経験は、振動刺激など他の刺激への応答に影響を与えなかった。さらに本研究において我々は、その神経メカニズムとして、セロトニンによる痛覚受容神経の修飾を明らかにした。中枢神経系のセロトニン分泌神経は痛覚受容神経の下流で活性化されると、痛覚受容神経の軸索末端に働きかけ、そこからの情報伝達を抑制するようである。重要なことに、発生期に痛覚刺激を多く経験した幼虫では、痛覚受容神経のセロトニン感受性が上昇し、実際に痛覚受容神経からの情報伝達は抑制されていた。したがって本研究により、痛覚刺激からの忌避行動が発生環境に応じて最適化されること、さらにそのメカニズムがセロトニンを介したフィードバック神経回路であることが明らかになった。このフィードバック神経回路を通じて、痛覚刺激に対する忌避行動のみが、発生環境に応じて特異的に調節されると考えられる。他の反応行動に影響を及ぼさず、痛み刺激に対する逃避行動のみを特異的に調整する仕組みによって、環境に適応し、生存率を上昇させていると考察できる。

審査員コメント:

生育環境が成熟してからの行動にどう影響するのかという問いに対し、ショウジョウバエの痛覚刺激と回避行動を利用して、セトロニンを介する神経回路のフィードバックがかかわることを証明した興味深い論文である。辛味物質への回避行動を体の回転運動として測定するなど、各所に工夫がみられる実験デザインである。この論文は筆頭著者のPhDワークの集大成であり、北米でポスドクとして基礎研究を続けるための土台となった論文でもある。(三品先生)

本論文はショウジョウバエを用い、幼児期(幼虫期)の痛覚刺激が成熟期の同様の刺激に対する寛容を誘導するメカニズムがセロトニンによる痛覚神経受容神経の修飾を介することを示した研究である。ヒトを含む哺乳類においても乳幼児期の環境刺激が将来的な同様の刺激への寛容を誘導し、食物アレルギーや自己免疫性疾患のリスクを減少させることはすることは示唆されており(主には免疫学的寛容であるが)、免疫学的寛容だけでなく幼児期の神経科学的寛容がこれら疾患に関与する可能性もあり興味深い。また、申請者の博士課程在学中の仕事が神経科学のトップジャーナルであるNeuronに掲載されたことも評価した。(鎌田先生)

受賞者コメント:

この度は優秀論文賞という光栄な賞をいただき、大変嬉しく思っております。今回の賞を企画、設立していただいた中西部日本人会の先生方、および審査をしていただいたミシガン大学の三品先生、鎌田先生に心より感謝を申し上げます。今回表彰していただいた論文は、私が初めて筆頭著書として行った仕事であるとともに、博士課程6年の大半を費やした研究成果であるため、とくに思い入れのあるものです。もともと私は発生生物学に興味を持っており、今回の仕事も発生過程で適切な神経回路が作られる仕組みを解明したくて開始しました。しかし実験を進めていくにつれ、神経回路の情報伝達としての機能が形付けられていく仕組みにも興味を持つようになり、最終的には発生学の枠組みを超え、多くの神経生理学的手法を取り入れた仕事となりました。私にとって馴染みのなかった、神経活動を人工的に操作する手法や、神経の活動度合いを顕微鏡観察する手法などを次々に導入したため、研究の過程で多くを学ばせていただきました。これらの実験手法は指導教員であるBing、および共同筆頭著者であるAnn Marieの支え無しでは成し得なかったため、仕事仲間に恵まれていたと強く実感しています。さらには、アメリカでは共同研究に対する敷居が非常に低く、他大学の研究者の方々からも多くの助けをいただきました。現在はポスドクとしてシアトルの研究室に移りましたが、ミシガンで学んだ経験をもとに、他の研究者と交流を深めながら神経系の発生過程を引き続き探究しています。これからも興味を持っていただける研究を続けていきたいと願っております。最後に、ミシガンでの博士課程を精神的に支えてくれた、ミシガン金曜会における日本人研究者の深い繋がりに感謝の意をあらためて表したいと思います。





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