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[論文賞]松井理司/大阪大学

Satoshi Matsui, Ph.D.

[分野:オハイオ]


論文リンク



論文タイトル

Pioneer and PRDM transcription factors coordinate bivalent epigenetic states to safeguard cell fate


掲載雑誌名

Molecular Cell


論文内容

我々人類を含む多細胞生物は、同一遺伝子セットを持ちながらも形態や機能が全く異なる様々な細胞から構成されています。細胞の多様性は、細胞種に応じた遺伝子発現の活性化と抑制によって調節されます。このような、遺伝子発現の活性化と抑制は、エピゲノム制御を介したクロマチン状態の変化によって行われており、これまでの研究からも細胞の種類によって特異的なクロマチン状態が存在していることが報告されています。これまで細胞運命決定のための遺伝子発現制御に関する研究は、いかにして閉じたクロマチン構造を開き細胞種特異的な遺伝子の発現を誘導するかという部分に重点が置かれてきました。しかし、肝細胞では、神経細胞の機能形成に関わる遺伝子が発現しないように、細胞運命決定の際には、他の細胞系譜の遺伝子の抑制も非常に重要になってきますがその制御メカニズムは、不明な点が多く残されていました。私たちは、これまで転写活性の低い閉じたクロマチンに結合し、細胞腫特異的な遺伝子発現の活性化を制御するFOXAやOCT4などのパイオニア転写因子がPRDMと呼ばれる転写抑制因子と協調することで遺伝子の転写量を制御する領域に抑制性のヒストン修飾酵素であるポリコーム複合体を動員し、二価のエンハンサーを形成することで他の細胞系譜の遺伝子の抑制を行うことを発見しました。

本研究は、これまでのパイオニア転写因子の定説とされていた転写活性化だけでなく協調する転写因子の組み合わせによって遺伝子発現抑制にも関わるという新たな側面を示しました。今後、パイオニア転写因子を介した細胞種特異的な遺伝子の活性化と他の細胞系譜に関連する遺伝子の抑制の使い分けのメカニズムを理解することでin vivo、in vitroでのリプログラミングの厳密な制御や効率の向上に貢献することできると考えています。


受賞者のコメント

このような賞をいただけることを大変光栄に思います。本研究は、Iwafuchi labのメンバーだけでなく、多くの共同研究者の皆様の支えによって進められてきました。この場をお借りして、関係者の皆様に心より感謝申し上げます。また、本企画の審査・運営に携わった皆様にも、深く御礼申し上げます。

審査員コメント


児島 克明先生

この研究は、パイオニア転写因子が転写抑制因子PRDMと協調して働くことで、細胞系譜特異的な遺伝子発現を精密に制御するという画期的な発見を示しました。この知見は細胞運命決定メカニズムの理解を大きく前進させ、より効率的な細胞リプログラミング技術の開発につながる可能性を秘めており、再生医療分野への貢献が大いに期待されます。


岩澤 絵梨先生

Pioneer TFのFOXAやOCT4が、PRDMと協調しPolycomb repressive complexesを動員することでalternative-lineage programsを抑制するという新規のメカニズムを綿密な実験により証明しており、科学的意義の非常に高い論文と考えられ、また今後の発生学研究において重要な意味を持つ研究と考えられます。


中村 純先生

遺伝子制御の抑制に係る、クロマチン結合因子を同定された画期的な論文であると評価いたしました。幹細胞分化における神経系細胞の抑制にはFOXAとPRDM1が、iPSC細胞ではOCT4とPRDM14がそれぞれ他の細胞系統への遺伝子発現を抑制しているとの詳細な知見が得られいます。Dox-inducible CRISPRiなど、新規の技術を駆使されてる点も高く評価いたしました。


中村 能久先生

この研究では、Pioneer TFs(FOXAやOCT4)とPRDM TFs(PRDM1やPRDM14)が協調して細胞運命を制御するメカニズムを明らかにし、細胞分化過程におけるエピジェネティックな制御の重要性を具体的に示しています。ヒト内胚葉分化モデルと多能性幹細胞モデルを用い、クロマチン免疫沈降シーケンシングやATAC-seqといった先端技術を駆使してエピジェネティック状態を詳細に解析している点も評価できます。特に、FOXAがPRDM1と協調してNuRD複合体やPRCsを動員し、エピジェネティックな抑制状態を形成することで他の系統特異的遺伝子の早期発現を防ぐ役割や、OCT4がPRDM14と相互作用し多能性幹細胞における分化プログラムを抑制するメカニズムの発見は注目に値します。これらの知見は、細胞運命決定における転写因子とエピジェネティック制御の協調的役割を新たな視点・技術で示した画期的な研究と言えると思います。


水野 知行先生

本論文では、CRISPRiシステムを用いてFOXAおよびPRDM1の機能を調査し、FOXAがPRDM1を動員することで、エピジェネティクスの調節を介して細胞の運命を制御する重要な役割を果たすことが示されました。特に、FOXAとPRDM1が協力して働くことで、bivalent enhancerが形成され、発生過程での細胞分化が効果的に制御されることが明らかになりました。これらの成果は、細胞運命制御の理解を一層深めるとともに、再生医療やがん治療など様々な分野で新たな治療法や疾患モデルの開発に寄与することが期待されます。


エピソード

本来、遺伝子の発現を活性化させるパイオニア転写因子が、転写因子との組み合わせによって遺伝子発現の抑制にも関与するという、従来の定説とは異なる一面を、自ら立ち上げた実験を通じて垣間見ることができた点が一番嬉しかったです。特に、エピゲノム解析や生化学実験の経験がなかった中で、周囲の方々の支援を受けながら着実に実験スキルを身につけられたことを実感しており、本論文とともに自分自身の成長を強く感じることができたのも非常に貴重な経験でした。


1)研究者を目指したきっかけ

幼少の頃から魚などの生き物が好きで、将来は生き物に関わる仕事に就きたいと考えていました。大学で降旗千恵先生(青山学院大学 名誉教授)と出会い、研究室のOBの方々とお話しする機会を通じて、大学内外の研究について知る機会が増えました。その経験から、次第に研究者という職業に興味を持つようになりました。


2)現在の専門分野に進んだ理由

大学生の頃、大学図書館でNatureの表紙になっていた眼杯オルガノイドの論文(Eiraku et al., Nature 2011)を目にしたことがきっかけで、漠然とですが幹細胞生物学に興味を持ちました。その後、宮島篤先生の研究室で再生や幹細胞について研究を進めるうちに、細胞の運命がどのように決まるのかを深く知りたいと思うようになり、現在の専門分野へと進みました。


3)この研究の将来性

本研究では、細胞の運命を正確にコントロールすることで、細胞を別の種類に変える(リプログラミング)効率を高めることを目指しています。これにより、再生医療や新しい薬の開発を助けることができると考えています。


4)スポンサーへのメッセージがあればお願いします

本年も本企画をサポートしていただき本当にありがとうございました。

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