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[論文賞] 鈴木 遼太郎/ベルリン自由大学

Ryotaro Suzuki, M.D.

[分野:情報科学分野]


論文リンク


論文タイトル

Quantum complexity phase transitions in monitored random circuits


掲載雑誌名

Quantum


論文内容

私たちが目にする世界の根底には、量子力学という不思議な法則があります。この世界では、「観測すること」そのものが現実を変えてしまうことがあります。本研究では、この観測の影響が量子情報の複雑さにどのように現れるのかを、理論的に明らかにしました。

具体的に、多くの量子素子(量子ビット)が相互作用しながら部分的に観測を受ける「観測された量子回路」というモデルを考え、観測の頻度を変えたときに、量子状態の複雑さが急に変化する「相転移」が起こることを初めて数学的に証明しました。これは、量子の世界がどのようにして私たちの経験する古典的な世界へと移り変わるのかを理解する手がかりになります。

この成果は、量子コンピュータや情報処理の基礎を支える重要な発見であり、観測・情報・複雑性といった異なる分野を結びつけるものです。論文は、量子情報分野で国際的に高い評価を受けるオープンアクセス誌 Quantum に掲載されました。私はこの研究で、問題設定から理論解析までを主導し、主要な結果を導きました。


受賞者のコメント

この度は栄誉ある論文賞を頂けてとても嬉しく思います。これまでお世話になった先生方や共同研究者の方々に深く感謝いたします。またUJA運営委員の皆様や関係者の方々に御礼申し上げます。


審査員コメント


藤堂 眞治 先生

モニタリングされたされたランダム量子回路における量子状態複雑性の相転移を、明快な相図と厳密な定理として示した、非常に印象的な理論研究だと思いました。量子複雑性成長、測定誘起相転移、計算複雑性という異なる文脈を橋渡ししており、分野横断的な価値が高いです。とくに、パーコレーション理論 と代数幾何学的手法を組み合わせた証明は独創的で、複雑性という量を多体系量子ダイナミクスの本質的な指標として捉え直す力を持っていると感じました。今後、頑健な/近似的な複雑性 や連続測定、より一般的な回路・測定モデルへの拡張が進めば、本研究の意義はさらに大きく広がると期待します。


藤井 啓祐 先生

"量子情報科学は、量子力学の原理(重ね合わせやエンタングルメント)を「情報処理」という観点から捉え直すことで発展してきた、物理と情報科学の融合分野である。従来の物理学が自然現象の理解を目的としてきたのに対し、この分野では量子状態を「情報」として操作・制御することで、新しい計算や通信の可能性を探る。一方で、量子多体系の研究では、多数の粒子からなる系が示す集団的な振る舞い(相転移など)を扱うが、近年ではそこに情報理論的な視点を導入することで、エンタングルメントや計算複雑性といった概念を用いて量子系の本質を理解しようとする動きが活発になっている。本研究はまさにこの流れの中に位置づけられ、量子多体系のダイナミクスを「計算能力」という情報的な観点から捉えることで、物理と情報の統一的理解を進めるものである。

量子多体系のダイナミクスにおいては、ユニタリな時間発展と測定の競合が新しい相転移現象(測定誘起相転移)を生み出すことが近年大きな注目を集めており、特にエンタングルメントの振る舞いがその典型例として研究されてきた。一方で「量子複雑性(quantum complexity)」は、量子状態を生成するのに必要な計算資源を表すより根本的な量であり、ブラックホール物理や量子計算理論とも深く関係する重要概念であるが、そのダイナミクスの理解はまだ限定的であった。本研究は、ランダム量子回路に近年実験的にも可能になり物理に新たな視点を与える測定プロセスを組み込んだ「モニター付き回路」に対して、従来は扱いが困難であった量子複雑性を、統計力学的手法と情報理論的手法を組み合わせて定量化し、その時間発展を厳密に特徴づけるという独創的なアプローチを採用している。その結果、測定率を制御パラメータとして、複雑性が指数的に増大する「高複雑性相」と多項式的に抑制される「低複雑性相」との間に鋭い相転移が存在することを初めて示した。特に、エンタングルメントではなく「回路複雑性」という非局所かつ計算論的な量に対して相転移を定義・証明した点、さらにその臨界挙動を具体的に導出した点は従来研究には見られない新規性である。このように本研究は、測定が量子系の計算能力そのものを相転移的に制御し得ることを明確に示した初めての例であり、量子多体系・統計物理・量子計算を横断する新しい研究パラダイムを切り拓く極めてオリジナリティの高い成果である。

これまで物理学は自然界に存在する系を観測しその普遍法則を明らかにしてきたが、量子計算機のような人工的に高度に制御された量子多体系が実現しつつある現在、その「人工系」に特有の普遍的な物理を探求するという新しい方向性が求められている。本研究はその先駆的な一歩であり、この路線をさらに推し進めることで新たな物理学の創出につながることを強く期待したい。


Chris Packham 先生

This is a paper on an area of emerging physics that is receiving much attention. The theory based paper could be used to help understand this emerging area of physics. I am clear that this is an active and likely to become bigger field of study.



1)研究者を目指したきっかけ

小さい頃は近くの山に行って鉱物採集をしたり、家の台所にある化学材料を使って実験をしたりする理科少年でした。その後、高等専門学校(高専)で化学工学を専攻しましたが、勉強していく過程で物理や数学といった普遍的・抽象的な理論により関心を持つようになりました。特に、高専時代の雑誌会で自ら読んだ、アインシュタインによるブラウン運動の論文(1905年出版)とシュレディンガーによる量子力学の論文(1926年出版)に強く惹かれて、理論物理学の道に進もうと決めました。思い返せば、私が現在研究している量子力学と統計力学への興味はその頃に形成されたように感じます。


2)現在の専門分野に進んだ理由

私の研究分野である量子情報理論は、ブラックホールなどの基礎物理から量子コンピュータなどの応用技術まで幅広い対象を記述するいわば共通言語です。情報理論や計算機科学といった、これまで物理学と独立して発展してきた分野のアイデアをうまく組み合わせながら、数理的に厳密なアプローチで物理を研究できる点に魅力を感じています。私の研究対象は、量子ブラウン運動に代表されるような、ランダムな外力によって時間発展する量子多体系のダイナミクスです。特に、量子情報と統計力学の交差点である、量子回路というモデルを研究しています。それらは物理現象としての面白さはもちろんのこと、内に秘められている確率論的・表現論的な数学構造と量子情報処理技術への応用が相まって、全く飽きることのないテーマとなっています。


3)この研究の将来性

本研究は物理原理の探究に重きを置いた基礎研究であり、直ちに実用的な成果を提示できるものではないかもしれません。しかし、長期的には理論物理学の発展と量子情報処理技術への応用を通して人類の発展に貢献できればと考えています。量子コンピュータを始めとする量子技術が実現しつつあるこの時代に、私の研究を通して「量子」の面白さと奥深さを一人でも多くの方に伝えることができれば幸いです。


留学や研究生活にまつわるエピソード

自分とは異なる価値観を持つ人たちと、数ヶ月・数年という長い月日をかけて親睦を深められるのが留学の醍醐味だと思っています。私の所属する研究グループには、50人を超える多国籍なメンバーがいます。週末に彼らとビールを片手に、たわいもない会話やたまに真面目な話をする時間はとても楽しいです。一方で、ドイツを離れる時期が近づいた今、せっかくならドイツ語をもっと勉強しておけばよかったと感じています。同僚との会話は英語で事足りるのですが、現地の人々と深く交流しその国の文化を尊重するためにはやはり言語は不可欠であると、留学5年目にしてようやく実感しています。その反省を活かし、次のポスドク先では言語もしっかり勉強しようと考えています。


留学中のサポートやコミュニティについて

ドイツにある日本大使館で行われた、JSPS主催の日本人研究者の交流会は印象に残っています。欧州でパーマネントのPIになれらた方の話を直接聞けたのが良かったです。

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