[奨励賞] 井元 宏明 / University College Dublin
- UJA Award
- 4 日前
- 読了時間: 5分
Hiroaki Imoto, Ph.D.
[分野:がん分野]
論文リンク
論文タイトル
Cell-specific models reveal conformation-specific RAF inhibitor combinations that synergistically inhibit ERK signaling in pancreatic cancer cells
掲載雑誌名
Cell Reports
論文内容
膵管腺がん(PDAC)では、多くの症例で KRAS 変異が認められ、RAF/MEK/ERK 経路の恒常的活性化が治療抵抗性の一因となっている。抗がん剤耐性の分子メカニズムの解明を困難にする要因は大きく二つあり,ひとつは MAPK 経路に代表される細胞内シグナル伝達系の複雑性,もうひとつは同一薬剤に対する応答の不均一性である。前者に対しては,タンパク質の構造情報や薬剤のアロステリック効果を組み込める次世代数理モデリングが有効である。一方,後者の不均一性については,KRAS 変異型の異なる複数の PDAC 細胞において,同一の RAF 阻害剤に対して異なる応答が観察された。そこで,各細胞のタンパク質発現量や KRAS 変異特性を取り込んだ個別化モデルを構築した。その結果,RAF 阻害剤の結合様式(タイプ I½ 型および II 型)に依存して ERK シグナル抑制効果が異なること,さらに両タイプの RAF 阻害剤併用が強力な相乗効果を示すことを明らかにした。本研究は,細胞固有モデルが薬剤耐性の根底にあるメカニズムの同定と,それを克服する阻害戦略を予測する強力なツールとなることを示した。
受賞者のコメント
この度は奨励賞を受賞することができ,大変光栄に思います.所属するKholodenkoグループのメンバー,そして日本学術振興会海外特別研究員制度に感謝いたします.また,ご多忙の中論文の審査をしてくださった審査員の先生方,そしてUJA論文賞部の皆様に深く御礼申し上げます.
審査員コメント
小島 秀信先生
本研究ではMAPK経路に着目し、KRAS変異を有する膵癌において、複数の細胞株を用いて細胞固有の数理モデルを構築することで、薬剤耐性のメカニズムや薬剤応答を予測できる可能性が示されています。本研究が臨床応用されれば、膵癌に対する個別化治療といった新たな治療戦略を提示できる可能性があり、意義深い研究であると考えられます。今後は、本研究の成果を基盤として、依然として予後不良である膵癌の治療成績向上を目指し、実際のヒト臨床検体を用いた検証が進むことが期待されます。
工藤 麗先生
細胞特異的な計算モデルを構築して予測をたて、薬剤応答を予測し、実験で検証している点が興味深いです。今回は依然として治療の難しい膵がんが対象でしたが、他のがん腫や阻害薬でも応用できる可能性があり、今後さらなる発展が期待されます。
小林 祥久先生
MAPK経路のRAS-RAF-MEK-ERKは、阻害しても上流の受容体型チロシンキナーゼなどへのフィードバックにより効果が限定的であることがこれまで示されてきました。本研究は、膵臓がん細胞株の種類ごとにこの経路の制御が異なることを数理モデルで予測・実証しています。一般的に、同一経路に複数の薬剤を投与しても強い毒性が見られるだけで有効性の上乗せは期待しにくいものの、本研究ではtype I½ RAF阻害剤とtype II RAF阻害剤の組み合わせによって強力にERK活性を抑制できることの発見が興味深いです。次々に開発されている新規KRAS阻害剤を絡めてさらに解析されると、より現状の臨床に即した成果が期待できそうです。
牧野 祐紀先生
RAFキナーゼのコンフォメーション依存性がRas阻害剤の薬剤応答性を左右することを示した大変興味深い内容で、膵癌に対するRas阻害剤耐性の課題の克服に繋がり得る成果だと思います。
1)研究者を目指したきっかけ
ふたつあります.何かと実用的な価値がもてはやされるこの時代に,私たちの生きるこの世界への理解を深める営み自体に関心がありました.もうひとつは,大学の卒業研究で配属された研究室でシステム生物学の面白さに取り憑かれました.
2)現在の専門分野に進んだ理由
もともと細胞の運命決定機構に興味がありました.細胞はノイズの多い環境下で,どのように自身の運命(増殖,分化など)を決定しているのか,そして複雑な細胞内のイベントがどのように運命決定に寄与しているのかを知りたかったのです.それを紐解くために大学院では細胞内で起こる生化学反応系の数理モデル化の研究を行なっていました.学位取得後は抗がん剤の効果を取り込んだ数理モデリング研究に従事したいと思い,海外に来ました.システム生物の魅力のひとつは学際的なところだと思います.本研究で構築した数理モデルでも,薬剤が標的タンパク質に及ぼす効果を正確に記述するために熱力学の原理を使用しています.システム生物学は数学,物理,化学,情報科学と接点を持つ,興味の尽きない学問分野です.
3)この研究の将来性
本研究では,細胞株固有の変異,遺伝子発現量の情報を数理モデルに取り込む方法と,コンテクストごとに個別化されたモデルは薬剤(抗がん剤)応答を正確に予測できることを示しました.ここでの数理モデルは細胞内で起こるタンパク質と薬剤間の相互作用を,人間が解釈可能な微分方程式として記述しています.したがって,この細胞固有モデルは単なる細胞応答の予測にとどまらず,なぜその阻害剤の組み合わせが機能するのかについての説明を与え,トライアンドエラーではない,合理的な標的タンパク質の阻害戦略の設計に役立つことが期待されます.



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