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[奨励賞] 佐伯 恵太 / NIH, NICHD

Keita Saeki, Ph.D., M.D.

[分野:免疫分野]


論文リンク


論文タイトル

IRF8 defines the epigenetic landscape in postnatal microglia, thereby directing their transcriptome programs


掲載雑誌名

Nature Immunology


論文内容

ミクログリアは脳内における組織マクロファージの一種であり、アルツハイマー病の原因として知られるアミロイド斑の一構成因子であることが近年明らかとなり注目を浴びている。ミクログリアは試験管内での再現が極めて困難な細胞であり、現状時間を要する生体内での研究に制約されている。本研究はミクログリアの設計図であるエピゲノムをマウスから直接紐解くことによりこれらの制約に一石を投じることを狙いとする。IRF8はミクログリアの細胞決定転写因子の一つであり、胎児発生初期段階の前駆細胞発生に関与することが知られているが、一方でIRF8のミクログリアにおける発現は成体になるまで高レベルで維持されており、その役割は不明であった。本研究ではさまざまな発生段階における生体内ミクログリアのエピゲノムを解析することで、IRF8が胎生期を過ぎ生後9-14日というミクログリアが成熟する直前のタイミングで活性をもち、他のミクログリア細胞決定転写因子であるPU.1やSall1とともにミクログリアを構成するエンハンサーを形成することを明らかにした。このエンハンサーは成体ミクログリアの転写維持に重要であり、IRF8を一因子とする転写因子複合体の形成が、ミクログリアがミクログリアたらしめるために必須であることアルツハイマー病モデルを含めて示した。


受賞者のコメント

この度は奨励賞を受賞する機会を頂き、大変光栄に存じます。本研究を進める上で協力頂いたOzato Labメンバー、NICHDスタッフ、共同研究者の皆様に感謝いたします。またご多忙の中、論文審査をして頂いた選考委員の先生方に御礼申し上げます。


審査員コメント


湯川 将之先生

IRF8が出生後のミクログリアのエンハンサー環境を整え、成熟プログラムを確立する流れを多層オミックスで明確化しており、成熟制御を標的にした疾患介入研究へ発展が期待されます。


髙濵 充寛先生

本研究は、転写因子 IRF8 が出生後のミクログリアのエピジェネティックな状態を規定し、特異的な遺伝子発現プログラムを形成することを明らかにしました。これにより、ミクログリアの発達と機能制御の分子基盤が示され、中枢神経系疾患におけるミクログリアの役割理解が大きく進展しました。今後は、本知見を基盤として、神経変性疾患や炎症性疾患における細胞機能制御や治療標的探索への展開が期待されます。


畑 匡侑先生

本研究は、ミクログリアが胎生期に生じながら、出生後にエピゲノム成熟を経て初めて機能的アイデンティティを獲得するという非常に興味深い結果を示しています。また、IRF8欠損がAβとの相互作用低下や神経変性の軽減につながることから、疾患病態の理解にも直接つながる重要な知見であり、学術的意義や波及も極めて高いと考えられます。


小田 紘嗣先生

この研究は、近年認識されているミクログリアの出生後形成過程を分子レベルで明らかにすることを目的としている。著者らは、ミクログリア発生の重要因子であるIRF8がミクログリアのクロマチン構造に与える影響を解析した。IRF8のゲノムへの結合は出生後に増加し、それに伴いクロマチン構造の変化が認められた。一方でIRF8自体の発現量は変化せず、質的な機能変化であることが示唆された。さらに、出生後にIRF8を欠損させるマウスモデルではミクログリアの細胞アイデンティティが著明に変化することが示され、IRF8が因果的に関与することが示された。最後に、この出生後のIRF8の関与は遺伝性アルツハイマーモデルにおける疾患進行にも寄与することが示された。本研究はミクログリアの出生後発達におけるIRF8の寄与を単一細胞レベルで明らかにするとともに、多発性硬化症などの中枢神経系免疫疾患におけるヒトIRF8遺伝子多型の関与を理解する手掛かりとなる可能性がある。


1)研究者を目指したきっかけ

現在の解析生物学はオミクス技術の発展とAIの台頭により、簡単にデータがとれるサンプルをいち早く解析した人が勝ち、という科学的思考力とおおよそ無縁な政治と経済、札束の暴力に依存するところが大きいのが現状です。しかしそれで見えているものは我々が現在の技術レベルで見えたものに過ぎず、それですべての生命現象が説明できるほど科学の世界というのは易しい世界ではありません。つまり、平たく言うと苦労してでも簡単にはできない技術で新しい知見を見つければ、それは発見者として歴史に名が残る仕事になります。自分が一番最初にその事実を知れる、ということに喜びを感じる人はもちろんのこと、そうでなくとも一つの人生として何かを残したいと考えるのであれば悪くない道だと思います。


2)現在の専門分野に進んだ理由

生物の細胞はゲノムと呼ばれる設計図によって成り立っています。ヒトの場合、この数なんと約30億個もありますが、化学物質としてはたったの4種類しかありません。つまり、そこらじゅうに似たようなパターンがはびこっているわけですが、多少の個体差は抜きにしてヒトはヒトとして生まれて、ある程度似たような社会生活を営み、似たような病気になります。この限りなく似たようなパターンからどうやって再現良く目標の細胞を作り上げるのか、というのを研究するのがエピゲノムの世界です。その制御因子は実に3000以上もあり、先の札束の暴力でなんとかなる範囲は現在のところせいぜい10数種類程度とされています。この限られた数は技術的限界によるところが大きく、現時点では地道でも一つずつ解明していかなくてはなりません。そして、一つ一つでも世界に先駆ければそれは新しい知見であり、その人のやった仕事と認めてもらえます。


さらに、この仕事は細胞の設計図でありすべての生物学の基盤となります。それを解明することは治療につながるターゲットの探索につながるだけでなく、その後の効果判定、予期しない副作用への対応策など様々な方面に応用が効きます。


本研究はミクログリアという免疫細胞の中でもかなりクセの強い特殊な細胞であり、現在の仕事もまたミクログリアに収束しそうですが、こういった地道な研究から思いがけない原石を発掘できるかもしれない、という一種のギャンブルに近いことを札束の力だけに頼らず、新しい発見=科学技術の発展という正当な理由のもとに行える数少ない分野だと思います。


3)この研究の将来性

この結果がすぐに病気の治療に結びつくということはありません。


しかし、アルツハイマー型認知症においては脳の主要な免疫細胞であるミクログリアがメインプレイヤーであり、たとえば、世界では治療に使えそうなミクログリアを移植してアルツハイマー病を治そうとする研究が進んでいます。このことを治療標的にするうえで、この研究は必要となる設計図を提供しています。残念ながら現段階では、 ミクログリアは培養皿で再現できない悪名高い細胞ですが、こういったエビデンスの蓄積により。治療につながるようなリソース開発に繋がっていくと信じています。


留学中のサポートやコミュニティについて

あまりコミュニティを積極的に利用する方ではないですが、しなくても案外なんとかなります。強いてあげるなら、帰国後の経済的支援を強化してくれると日本への技術還元という意味でも良いのではないかと思います。


留学や研究生活にまつわるエピソード

日本国外で生活すると日本ではまずありえないインフラの欠陥含めた様々なトラブルに直面します。そのうえで同じ人間として生きていかなければならない最低限のこと、日本にいたときには信じられないようなことでも案外なくても大丈夫なことを身をもって体験することができます。特に、日本は何かと息詰まることが多い国家ですが、その大半はどうでもよいことと割り切れるようになれるのは長い人生からみてメリットが大きいのではないでしょうか。

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