[奨励賞] 志賀 由己浩 / University of Montreal
- UJA Award
- 3 日前
- 読了時間: 9分
Yukihiro Shiga, Ph.D., M.D.
[分野:トランスレーショナル研究・臨床医学・公衆衛生]
論文リンク
論文タイトル
Endoplasmic reticulum stress-related deficits in calcium clearance promote neuronal dysfunction that is prevented by SERCA2 gene augmentation.
掲載雑誌名
Cell Reports Medicine
論文内容
神経変性疾患では神経細胞内のカルシウム恒常性が破綻することが知られていますが、それがどのように神経細胞の機能障害や回路異常につながるのかは明らかではありませんでした。本研究では、緑内障の主要リスク因子である眼圧上昇や視神経損傷が、網膜神経細胞におけるカルシウム排出能力を阻害し、光刺激への反応を変化させることを、私が開発した二光子顕微鏡による高解像度シングルセル生体イメージングを用いて初めて可視化しました。さらに、遺伝子・タンパク質解析により、カルシウムを小器官に取り込むポンプ(SERCA2)が損傷した神経で選択的に失われていることを明らかにしました。薬理学的活性化や神経特異的遺伝子導入によってSERCA2を補充すると、カルシウム動態が回復し、神経の生存、回路のバランス、さらには視覚行動も改善しました。
本研究は、神経細胞のカルシウム排出能力を高めることで、これまで不明であった細胞内ストレスや回路障害を緩和し、神経回復を促進できることを示した初めての報告であり、緑内障や他の神経変性疾患に対する新たな治療戦略につながると期待されます。なお、本研究は私のポスドク時代の基盤を形成したものであり、仮説の構築・コンセプトデザインから、生体イメージングおよび分子解析を含む実験の遂行、データ解析、論文執筆に至るまで、すべてを私が主導して進めました。
受賞者のコメント
このたびは、このような栄誉ある賞を賜り、大変光栄に存じます。これまでご指導・ご支援いただいた先生方や共同研究者の皆様、そして日々研究を支えてくれているラボメンバーに心より感謝申し上げます。
本研究では、神経機能低下の初期機序に着目し、カルシウム制御の破綻が神経機能に与える影響と、その回復可能性について明らかにしました。今回の受賞を励みに、今後も基礎研究と臨床をつなぐ研究を推進し、緑内障をはじめとする難治性神経変性疾患の理解と、新たな治療戦略の創出に貢献してまいりたいと考えております。
審査員コメント
加藤 明彦先生
This study investigated intracellular calcium dysregulation in neurodegenerative diseases using calcium imaging of retinal ganglion cells (RGCs) in a glaucoma model induced by ocular hypertension (OHT), and an optic nerve crush (ONC) model in mice.
The authors discovered delayed calcium clearance in both OHD and ONC models. They classified RGC subtypes into 6 clusters by the light-evoked calcium dynamics and confirmed the impaired Ca clearance across all RGC subtypes. Notably, SERCA2, the pump responsible for returning cytoplasmic calcium to the endoplasmic reticulum, was reduced in OHT model and human glaucoma RGCs. Activation of SERCA2 with CDN1163 accelerated calcium clearance and restored RGC density in the retina affected by OHT or ONC. Similarly, exogenous SERCA2 delivery by an AAV vector reversed the calcium clearance deficits, and prevented RGC degeneration in these models. Remarkably, AAV-mediated SERCA2 supplementation partially restored vision in conscious mice as confirmed by optomotor assays.
This study highlights the different neurodegeneration models for RGCs (OHC and ONC) share a common impairment in cytoplasmic calcium clearance, and can be mitigated by SERCA2 activation or supplementation. These interventions help protect RGCs from neurodegeneration and reduce vision loss. Given the ubiquitous roles of SERCA2, targeted delivery to the pathological tissues will be critical. The retina, in particular, may offer a relatively accessible site for localized therapeutic intervention.
井上 昌俊先生
本研究論文は、緑内障における網膜神経節細胞(RGC)の機能障害メカニズムを精緻に解析し、SERCA2を標的とした遺伝子治療によって明確な神経保護効果および機能回復が得られることを示した、完成度の高い研究です。本研究の最も重要な新規性は、SERCA2タンパク質の低下に起因するCa²⁺クリアランス障害と、それに伴う小胞体ストレスという一連の病態生理学的経路を、緑内障におけるRGC機能障害の初期かつ中核的な特徴として同定し、遺伝子増強によってこれらを効果的に是正できることを実証した点にあります。単一細胞レベルのCa²⁺動態から回路機能に至るまでを統合的に示した点も、本研究の説得力を高めています。
SERCA2の機能不全は、緑内障に限らず、アルツハイマー病をはじめとする他の神経変性疾患においても報告されています。今後、本研究の知見を緑内障モデルにとどめず、例えばアルツハイマー病などの in vivo モデルへと拡張し、SERCA2遺伝子増強がCa²⁺恒常性の改善および神経保護に同様の効果を示すかを検証できれば、本成果は疾患特異的治療戦略を超えた、より普遍的な神経変性疾患に対する治療概念としての位置づけを獲得できると期待されます。こうした展開は、本研究の国際的インパクトをさらに高めるとともに、神経変性疾患研究全体に対する重要な貢献となるでしょう。
畑 匡侑先生
本研究は、神経変性に先行する機能的Ca²⁺クリアランス不全を可視化し、可逆的病態として捉えたものであり、神経変性研究全体に共通する概念的進展を含んでおり、概念的新規性が極めて高いと考えられる。SERCA2遺伝子補充による視機能改善は、緑内障治療における神経保護を超えた神経回復戦略を提示しており、今後の治療開発に直接的影響を与える重要な成果である。
山下 哲先生
本論文は、緑内障の病態機構に関する重要な知見をもたらし、治療開発への直結した研究です。二光子顕微鏡による高度な技術的解析、複数の実験モデルでの検証、遺伝子治療による機能回復の実証など、実験的な質は高く評価されます。SERCA2を標的とした治療アプローチは、臨床的に重要な知見です。ただし、本研究の新規性は主に緑内障という特定の疾患に限定されており、より広い神経科学分野への概念的な貢献については、やや限定的と考えられます。神経眼科学および神経変性疾患研究分野への貢献は明確ですが、より広い科学的好奇心を喚起するためには、他の疾患モデルでの検証や、より一般的な神経保護機構に関する考察が補足されることが期待されます。
1)研究者を目指したきっかけ
私は眼科医として日々診療にあたる中で、適切な治療を行ってもなお病気が進行してしまう患者さんに数多く向き合ってきました。目の前にいる患者さんの視機能が徐々に失われていく現実に直面し、「なぜ進行を止められないのか」「どうすれば回復につなげられるのか」という疑問と強い問題意識を抱くようになりました。
こうした経験から、既存の治療の限界を超え、新たな治療法を生み出すためには、疾患の本質的なメカニズムを解明する研究が不可欠であると考えるようになり、研究者の道を志すようになりました。基礎研究と臨床をつなぐことで、将来的に患者さんの予後を改善できる医療の実現に貢献したいと考えています。
2)現在の専門分野に進んだ理由
私が現在の研究テーマである神経変性疾患、とくに緑内障の研究に取り組んでいる理由は、眼科医として診療の現場で、多くの患者さんが少しずつ視力を失っていく姿を目の当たりにしてきたからです。現在の治療では進行を遅らせることはできても、失われた視機能を回復させることは難しく、この点に大きな課題を感じてきました。
この分野の魅力は、「なぜ神経は弱くなり、機能を失ってしまうのか」という根本的な問いに挑戦できる点にあります。特に私は、神経細胞の中でカルシウムという物質のバランスが崩れることが、機能低下の原因になるのではないかと考え、その仕組みを明らかにしようとしています。さらに、その異常を回復させることで、神経の働きを取り戻すことができる可能性にも取り組んでいます。
基礎研究によって病気の仕組みを理解し、それを新しい治療につなげることで、将来、視力を守り、回復できる医療を実現したいと考えています。この「患者さんの未来を変えられるかもしれない」という点に、この分野の大きな魅力を感じています。
3)この研究の将来性
私たちの研究は、神経がどのようにして機能を失っていくのか、その仕組みを明らかにし、さらにその機能を回復させる方法を見つけることを目指しています。特に、神経細胞の中でカルシウムという重要な物質のバランスが崩れることが、機能低下の原因になることに注目しています。
この研究が進むことで、これまで進行を止めることしかできなかった緑内障などの病気に対して、神経の働きを回復させる新しい治療法の開発につながる可能性があります。将来的には、視力を守るだけでなく、失われた機能を取り戻すことができる医療の実現に貢献できると考えています。
また、このような仕組みは目だけでなく、脳や他の神経の病気にも関係している可能性があり、より広い分野での応用も期待されます。基礎研究で得られた知識が、新しい医療や技術につながり、多くの人の生活を支える力になると信じています。
留学中のサポートやコミュニティについて
留学生活において、研究面だけでなく精神的にも大きな支えとなったのが、モントリオールにおける日本人研究者・医師のコミュニティであるモントリオールアカデミー会の存在です。同じように海外で研究や臨床に取り組む方々と定期的に交流することで、日々の悩みや課題を共有し、互いに励まし合うことができました。
特に印象的だったのは、専門分野や所属機関を超えてフラットに議論ができる環境であったことです。研究の進め方やキャリアに関する率直な意見交換は、自分の視野を広げる大きなきっかけとなりました。また、日本語で気軽に相談できる場があることは、異国で生活する中での精神的な安心感にもつながっていました。
一方で、今後さらに充実すると良いと感じる点として、若手研究者や留学初期の方々を対象とした、より体系的なメンタリングや情報共有の仕組みが挙げられると思います。研究環境や生活面に関する実践的な情報にアクセスしやすくなることで、よりスムーズに現地での生活を立ち上げることができると感じます。
海外での研究生活は決して容易ではありませんが、このようなコミュニティの存在は、個人の挑戦を支え、長期的な成長を後押しする重要な基盤であると実感しています。
留学や研究生活にまつわるエピソード
留学生活は、研究だけでなく、日常のすべてが新しい挑戦の連続でした。言葉や文化の違いに戸惑い、自分の考えをうまく伝えられないもどかしさを感じることもありましたし、思うように研究が進まず、悩むことも少なくありませんでした。それでも、そうした経験の一つ一つが、自分の視野を大きく広げてくれたと感じています。
特に印象に残っているのは、異なるバックグラウンドを持つ研究者たちと議論を重ねる中で、自分にはなかった考え方や発想に出会えたことです。最初はついていくのに必死でしたが、少しずつ自分の意見を持ち、発信できるようになったとき、大きな成長を実感しました。また、研究以外でも、現地での生活や家族との時間を通じて、多様な価値観に触れることができたのは、かけがえのない経験です。
留学は決して楽な道ではありませんが、その分、自分を大きく成長させてくれる機会でもあります。もし迷っている方がいれば、ぜひ一歩踏み出してほしいと思います。挑戦した先には、想像以上に多くの学びと出会いが待っています。



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