[奨励賞] 杉原(大見) 真衣子 / University of Michigan
- UJA Award
- 16 時間前
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Maiko Omi-Sugihara, DDS, PhD
分野: ミシガン
論文リンク
論文タイトル
Influence of bone morphogenetic protein (BMP) signaling and masticatory load on morphological alterations of the mouse mandible during postnatal development
掲載雑誌名
Archives of Oral Biology
論文内容
機械的刺激(メカニカルストレス)は骨代謝および軟骨代謝を制御する重要な因子の一つであり、その増減によって骨や軟骨の量や構造が大きく変化する。特に、下顎骨および顎関節の正常な発育には、咀嚼時に加わるメカニカルストレスが不可欠であることが報告されている。一方、過剰なメカニカルストレスは、下顎骨の関節突起(下顎頭)軟骨の変性を引き起こし、顎関節症などの顎口腔機能異常を引き起こす原因となる。顎関節症に対する有効な治療法は確立されておらず、その科学的基盤を構築することは非常に重要である。異所性骨形成を誘導する因子として知られる骨形成タンパク質(Bone Morphogenetic Protein: BMP)は、骨代謝および軟骨代謝において重要な役割を果たしている。近年、BMPシグナルが顎関節症の発症や進行に関連していることが報告されているが、未だ解明されていない点が多く、特にメカニカルストレスとの関連については十分に理解されていない。本研究では、BMPシグナルと咀嚼によるメカニカルストレスが、生後マウスの下顎骨および下顎頭軟骨の形態形成に与える影響を明らかにすることで、顎関節症の発症メカニズム解明に向けた新たな知見を提供し、治療法の開発に貢献することを目指した。具体的には、Osterix-Creを用いて、骨芽細胞および軟骨細胞でBMP受容体(Bmpr1a)を欠損させたマウスを用い、硬い食事または粉末食を与えた後、下顎骨のマイクロCT画像を用いた3Dランドマークベースの形態計測と組織学的評価を行った。その結果、BMPシグナルが下顎骨体長の成長および下顎枝の成長方向の決定に関与していることが示唆された。また、BMPシグナルが下顎頭軟骨の形成において発達の段階ごとに異なる影響を与えることが示された。興味深いことに、下顎頭の前方部の形態形成において、BMPシグナルと咀嚼によるメカニカルストレスが相互に作用し、下顎骨の成長に寄与することが明らかとなった。これらの発見は、顎関節症などの顎口腔機能異常の理解を深め、その治療法や予防策の開発につながることが期待される。
受賞コメント
この度は奨励賞に選出いただき、大変光栄に存じます。審査員の皆様、またUJA運営の皆様に心より感謝申し上げます。
審査員コメント
松本 真典 先生
これまで機械的刺激は骨や軟骨の代謝を制御し、下顎骨や顎関節の正常な発育に不可欠ですが、過剰な刺激は顎関節症などの異常を引き起こすことが示唆されています。本研究では、骨形成蛋白質シグナルが咀嚼による機械的刺激と共に、下顎骨の形態形成に影響を与えることを明らかにしています。この発見は顎関節症の治療や予防に繋がることから、基礎研究から臨床応用への展開が期待される非常に興味深い研究です。
黒川 遼 先生
著者らはBMPシグナルと機械的負荷が下顎骨形態形成に与える影響を、初めて包括的に解析した。さらに下顎頭における部位特異的な影響(BMPシグナル:後方部;咀嚼負荷:前方部)という空間的な役割分担を発見し、発生段階による影響の違いも時系列的に解析した。今後さらにヒトへの応用と治療への発展につなげていくことに期待する。
坂東 弘教 先生
BMPシグナルとメカニカルストレスの下顎形成への意義に関して検討した報告であり、各々が作用する部位に至るまで評価がなされています。近年様々な臓器でメカニカルストレスに関する研究が活発に行われていますが、メカニカルストレスと既存シグナルとのインタラクションについて解明に挑戦された意義のあるお仕事だと思います。
真流 玄武 先生
下顎の形成過程においてBMPシグナルと機械刺激が相互に作用していることを示す素晴らしい論文です。CTを用いた定量化や食事内容の形態形成への影響の比較等、in vivo研究だからこそ可能な解析が多く、興味深く拝読しました。Discussion パートにて言及されていたように、機械刺激とBMPシグナルの分子メカニズムが解明されるとさらに素晴らしい論文になると感じました。責任著者として学部生の筆頭著者と論文をまとめ上げられたその指導力にも感服致しました。
渡瀬 成治 先生
本論文は、BMPシグナルと咀嚼によるメカニカルストレスがどのように下顎骨の成長に寄与するかを詳細に解析した画期的な論文である。本研究は、未だ根本的な治療法が存在しない顎関節症に対する将来的な治療方法論の確立に向けた知見を提供するものであり、今後の発展が期待される。本研究の特筆すべきポイントは、応募者が出産という大きなライフイベントを経験しながらも責任著者として本研究をまとめあげ、尚且つ、筆頭著者である所属研究室の学生の指導も行った点にある。この点を大きく評価したい。
エピソード
本研究は、ミシガン大学の大学生を中心に行われました。COVID-19による隔離規制の影響を受け、学生とのウェブ会議を通じて画像解析の指導を行ったり、学生が実験に参加できる時間や日数を考慮してマイルストーンを設定するなど、学生指導の貴重な経験を得ることができました。研究に参加した学生のほとんどは医・歯学部進学を目指しており、本研究が論文として報告できたことで、彼らの今後の活躍の一助となればと思っています。しかし、実際には自分の実験を進めながら学生のプロジェクトを指導することは非常に大変で、数多くの苦労もありました。本研究の行く末や私の学生指導方法をあたたかく見守ってくださったPIの三品裕司先生には、心より感謝申し上げます。
1)研究者を目指したきっかけを教えてください
臨床を学ぶにはまず基礎知識を習得しなければと思い大学院に進んだところ、研究が予想以上に面白かったからです。
2)現在の専門分野に進んだ理由を教えてください
腫瘍などで顎の骨を欠損した患者さんを診て、骨の再生ができたらいいなと思い、骨学を学ぶことを決意しました。
3)この研究が将来、どんなことに役に立つ可能性があるのかを教えてください。
顎関節症などの顎口腔機能異常の理解を深め、治療法や予防策の開発につながることが期待されます。また、顎の骨の成長・維持における噛むことの重要性についても、より多くの関心を持っていただけることを期待しています。
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