[奨励賞] 松原 竜也 / Johns Hopkins University
- UJA Award
- 4 日前
- 読了時間: 6分
Tatsuya Matsubara, Ph.D.
[分野:化学・工学・物理・数学分野]
論文リンク
論文タイトル
Topographic cues regulate collective cell dynamics in curved nano/microgrooved tubular microchannels
掲載雑誌名
Lab on a Chip
論文内容
体内の気道や腸などの管状組織では、細胞が曲がった空間の中を集団で移動し、修復やバリア機能の維持を担っています。この運動は、細胞が接する ECM の線維配向と、組織がもつ曲率の双方に影響されますが、両者が同時に存在する「管」という空間では、どちらが細胞集団のふるまいを主に決めるのか明らかではありませんでした。本研究では、内径100 μmの細いシリコーンチューブ内面に ECM の線維配向を模した微細溝(0.8〜10 μm)を縦向きまたは横向きに形成し、上皮細胞(MDCK)が管内に広がる様子を数日間観察しました。単一細胞の軌跡を多指標で解析し機械学習で分類した結果、縦向きの細い溝は速度と方向性を高め、細胞密度が高い後方領域でも速度が落ちにくいことが示されました。一方、横向き溝の効果は限定的でした。全体解析からは、100 μm径という曲率が微細構造よりも相対的に強く集団運動を規定するという、これまで定量的に示されていなかった原理が明らかになりました。これは、細胞が複数の環境情報に直面したときに、どの情報を優先して集団としてのふるまいを決めるのかを示すものであり、マイクロ流体デバイス、創薬評価、再生医療材料など多様な分野での設計指針となり得る知見です。
受賞者のコメント
このたびはUJA論文賞奨励賞をいただき、大変光栄に思います。本研究では、二光子重合3Dプリンティングとマイクロモールド技術を組み合わせ、内径わずか0.1 mmの管状マイクロチャネル内面にナノ〜マイクロスケールの溝構造を作製し、上皮細胞の集団遊走を単一細胞レベルで解析しました。ワシントン大学での博士課程とジョンズホプキンス大学での研究を通じ、異分野の研究者との議論から実現した成果であり、共同研究者の皆さまに深く感謝しています。海外で挑戦する日本人研究者を応援してくださるUJAの活動に敬意を表するとともに、今後もこの知見をオーガンオンチップの開発に活かし、さらに発展させてまいります。
審査員コメント
渡邊達也先生
本研究は、細胞集団移動におけるcurvatureとmicro topographyの寄与を明確に切り分けて検証した点で、意義深い研究である。
微細構造よりもcurvatureが細胞移動を支配する主要因子であることを実験的に示した点は、従来の平面培養中心の細胞工学研究に重要な再考を促す結果となりました。
また、two-photon polymerization 3D printingを用いた管腔モデルの構築や、定量的な細胞追跡解析は技術的に非常に高い完成度で、血管・気道・消化管など多様な中腔組織研究への応用可能性が広く、高く評価される。
疾患モデルや再生医療デバイスへの展開が進めば、さらにインパクトの高い研究へ発展すると考えます。
庄司 観先生
3Dプリントで作製された表面形状の異なるPDMS構造体上における細胞の動態を調査した論文である。コンセプト自体は昔から研究されているので、調査だけに留まらず、制御まで足を踏み込んで欲しかったと感じます。今後の研究の発展に期待します。
佐藤 隆昭先生
本研究は、2光子重合(2PP)という最先端の超精密3Dプリンティング技術を駆使し、生体内の複雑な構造をマイクロ流体デバイス内で再現した、独創性の高いバイオ・インターフェース研究です。
まず特筆すべきは、内径100μmという極微細な管状構造の内部に、ナノ・マイクロスケールの表面テクスチャ(溝)を自在に設計・加工し、そこで「細胞の集団運動」を実時間で観察できた点です。従来の平坦な基板上での研究とは一線を画し、実際の血管や腺組織に近い「曲率」と「トポグラフィー(表面形状)」が共存する環境を構築したことは、生体模倣工学における大きなブレークスルーといえます。
科学的な分析においても、分散分析(ANOVA)等を用いた多角的な解析によって、細胞の移動速度や配向性が、曲率と溝の向きの相乗効果によって制御されるプロセスを丁寧に紐解いています。現時点では、多数のパラメータが複雑に絡み合っており、一見して簡潔な理論モデルで説明しきれない部分も見受けられますが、それは本研究がそれだけ「生体に近い複雑な系」に正面から向き合った結果であると評価できます。むしろ、この膨大なデータ群こそが、将来的に細胞行動を予測・デザインするための「支配的な物理法則」を導き出すための、極めて価値の高い第一歩であると確信しています。
私自身の専門であるトライボロジーの視点からも、表面のテクスチャ設計によって「生体組織という流体」の挙動をコントロールするという発想には、強い知的好奇心を刺激されました。金属界面の潤滑制御と同様に、生体界面においても表面形状がダイナミクスを決定づけるという事実は、工学と医学の境界領域における新たな可能性を感じさせます。
今後は、本手法で得られた知見が人工臓器の表面設計やがん転移のメカニズム解明に反映され、医療・産業の両面で大きなインパクトを与えることを期待しています。著者らの高い技術力と深い洞察力が、生命科学の新たな地平を切り拓くことを楽しみにしています。
内田 昌樹先生
本論文は、曲率とトポグラフィーという2つの幾何学的因子を、精密に制御された3Dチューブ内で同時に扱い、シングルセルレベルの高次元解析によって集団移動を定量化した点でとても興味深い研究といえる。細胞の移動について100 µm程度のチューブでは曲率の効果が支配的で、トポグラフィーの影響は限定的という知見は、人工血管等のバイオマテリアルを設計する上でも、重要な指針になり得る。今回観察された細胞移動の特性が、移動を担う細胞骨格の分子レベルでの動きや、力学的なメカニズムとどの様に繋がっているのか興味があり、今後の研究の進展が期待される。
1)研究者を目指したきっかけ
もともとものづくりが好きで、大学で機械工学を学ぶうちに「生体医工学」という分野を知り微細加工技術やマイクロ流体デバイスに興味を持ちました。修士課程中にせっかくならもう少し研究してみようと思い、博士課程に行くことを決め、気付けば現在に至ります。
2)現在の専門分野に進んだ理由
機械工学のバックグラウンドを活かしながら医学や生物学に貢献したいと思っています。私たちの体の中にある血管や気道などの「管」は、ただの通り道ではなく、曲率や表面構造、硬さなど様々なパラメータが組み合わさった環境です。こうした複雑な要素を一つずつ分解し、コントロールできる点がエンジニアリングの魅力であると考えています。本受賞論文も含め、現在の研究テーマでは複数要素の相互作用を微細加工技術で明らかにしようとしており、細胞がどんな手がかりを頼りに動いているのかを一つずつ調べることができます。工学と生物学の境界にある未開拓の問いに、自分でデバイスを設計して挑めるところに大きな魅力を感じています。
3)この研究の将来性
先述したように、細胞は様々な要素が組み合わさった環境の中に存在しています。この研究では曲率と表面構造(トポグラフィ)の組み合わせに着目しました.こうした基礎的な知見は、将来的に人工血管や気管などの医療デバイスの表面設計や、臓器チップを用いた動物実験に頼らない創薬スクリーニングの実現に役立つと考えています。
留学や研究生活にまつわるエピソード
博士号取得後、COVIDの影響で2年ほど留学を開始できずもどかしい時期を過ごしましたが、2022年にようやく渡米しました。留学中には出産や子育てといった私生活の大きなイベントも重なり大変な時期もありましたが、楽観的にコツコツと研究を続けた結果、この成果につながりました。サポートしてくれた妻には特に感謝しています。



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