top of page

[奨励賞] 森岡 和仁 / UCSF

Kazuhito Morioka, Ph.D., M.D.

[分野:神経科学・行動科学・情報科学]


論文リンク


論文タイトル

Disuse plasticity limits spinal cord injury recovery


掲載雑誌名

iScience


論文内容

脊髄損傷によって損なわれた運動機能は、適切な訓練を繰り返すことにより、同じパターンの神経活動が生じやすくなる可塑的な変化を通じ、回復が促進される。受傷後は長期に渡り寝たきりや活動が制限されるため、早期からの訓練開始が望まれるが、未だ十分なエビデンスが蓄積されていない。そこで我々は、脊髄損傷後の活動制限が運動機能の回復に与える影響について検証すべく、良好な回復を示す軽症のラット胸髄損傷モデルの後肢を損傷後早期から懸垂し、麻痺肢の活動を二週間制限する動物実験モデルを構築した。懸垂後は飼育ケージへ戻し経時的に運動機能を評価したところ、歩容が乱れたまま歩行機能の回復が制限され、水泳中に後肢の攣縮が不規則に発生した。懸垂後六週目の神経生理学的な解析では脊髄回路の過剰な興奮性を認め、後肢の運動機能を司る腰髄のシナプトニューロソーム解析では興奮性神経伝達物質であるグルタミン酸の受容体(AMPAR)サブユニットGluA1の局在化とリン酸化の変化が明らかとなり、早期の活動制限による持続的なシナプスの記憶が反映されていた。脊髄内の運動神経の形態学的解析ではGluA2欠損型のカルシウム透過性AMPARへの持続的なシフトが認められ、教師なし機械学習の結果では多面的なシナプスの変化と脊髄損傷後の持続的な回復障害の関連性が示された。その結果、損傷後早期からの活動制限は望ましい神経可塑性の獲得を抑制し、機能回復を妨げている可能性が示唆された。


受賞者のコメント

このたびは栄誉ある賞を賜り、誠にありがとうございます。 本研究は二カ国にわたり、長い時間をかけて、多くの方々のご支援とご協力のもとに実現することができました。 共著者一同、心より感謝するとともに、大変うれしく存じます。 この賞を励みに、今後も臨床応用を目指して研究に精進してまいります。


審査員コメント


岩澤 絵梨先生

脊髄損傷後の神経の可塑性(plasticity)は、回復を促すのみでなく、場合によっては長期にわたり回復を阻害する可能性もあり、リハビリ開始を遅らせる(早期のdisuse、または慢性期のdisuse)ことによって大きな違いが出ることを、膨大な数のマウスを用いた実験で示した大変説得力のある論文です。電気生理検査はヒトと同等にM波の低下とH-reflexの非減衰を示し、シナプトニューロソームの抽出により純度の高い分画を取り出すことでAMPA受容体のサブユニットの発現シフトを検出するなど、細やかで美しいデータを示しており、translationalな側面を含んだ非常にインパクトのある論文です。


井上 昌俊先生

本論文は、脊髄損傷後の回復に関する従来の研究が主にリハビリテーションによる「入力の増加」に焦点を当ててきたのに対し、「不使用・非活動(disuse)」がその後の回復可能性をどのように規定するかを正面から検証した点で、概念的に極めて新規性の高い研究です。特に、損傷後急性期における不使用のみが、長期にわたる運動機能回復障害を不可逆的に引き起こし、遅延期の不使用では同様の影響が見られないことを明確に示した点は、脊髄損傷後の急性期が回復を左右する「脆弱な臨界期」であることを実験的に同定した重要な成果と評価できます 。

さらに本研究は、早期不使用が脊髄運動ニューロンにおいてカルシウム透過性AMPA受容体の持続的な過剰駆動を引き起こすことを、分子・細胞レベルで初めて明確に示しました。これにより、急性期の不使用経験が「適応不全な脊髄可塑性のmaladaptive spinal cord memory trace」として固定化され、慢性的な痙性や歩行障害といった長期的機能障害の基盤となることが示唆されました。行動解析、電気生理、分子生化学、ならびに高解像度共焦点イメージングを統合した解析戦略は、行動変化と分子機構を直接結びつける説得力の高いアプローチです。

加えて、機械学習を用いた多次元データ統合により同定された「適応不全な可塑性バイオシグネチャ」は、単一指標では捉えきれない回復障害の本質を定量化する新しい枠組みを提示しています。この手法は、今後の脊髄損傷研究において、行動指標と分子指標を横断的に評価するための強力な評価基盤となり、治療介入の効果予測や最適化にも大きく貢献することが期待されます。

本研究は主にグルタミン酸作動性AMPA受容体に焦点を当てていますが、今後はGABA作動性系やモノアミン系など、他の主要な神経伝達物質システムとの相互作用を含めた検討が進むことで、脊髄損傷後の適応的・非適応的可塑性の全体像がさらに明確になると考えられます。急性期リハビリテーションの概念を根本から再定義し、基礎神経科学と臨床リハビリテーションを強く結びつける本論文は、今後の分野の方向性を示す極めて重要な成果であると評価できます。


長谷川 祐人先生

本論文は、脊髄損傷後の「早期不使用(disuse)」が機能回復を阻害するメカニズムを、マウスモデルで詳細に解析した研究です。急性期に四肢不使用状態を誘導することで、慢性的な運動機能低下が残存し、H-reflexや相互肢反射といった脊髄回路の過興奮性が持続することが示されています。さらに、腰髄のシナプトソーム解析から、AMPA受容体サブユニット構成が変化し、GluA2を含まないAMPA受容体が優位となる持続的なシナプス変化が伴うことが明らかになりました。これらの結果は、脊髄障害後のdisuseが脊髄回路およびシナプス可塑性に長期的影響を及ぼすことを示すものであり、従来のリハビリテーション戦略を再考する重要な生物学的根拠を提供しています。脊髄損傷研究およびリハビリテーション医学における障害後可塑性の理解を着実に前進させた成果として、今後の発展が期待される成果です。


1)研究者を目指したきっかけ

臨床医として診療にあたる中で、治療が難しい怪我や症状を抱える患者さんを経験し、神経系や筋骨格系についてより深く学びたいと思うようになりました。 そうした思いから大学院へ進学し、研究医というキャリアパスを知りました。 学生時代からの希望であった留学も経験し、海外で研究する意義や、外科系のバックグラウンドを持つ研究医だからこそ取り組める研究の大切さを改めて実感しました。


2)現在の専門分野に進んだ理由

整形外科は、年齢や性別を問わず運動器全般を扱う非常に幅広い分野で、予防から治療までの成果が日常生活に直結する点に魅力を感じています。 疾患を正確に把握するためには、神経系と筋骨格系、そしてその相互作用を理解することが欠かせないと考えています。 手術だけでは改善が難しい病態に対して、保存的治療でどのように回復を支えられるかを考え、現在は整形外科に軸足を置きながら、領域を横断する研究に取り組んでいます。 

大学院修了後には、がん研究から神経科学へ研究領域を移し、それをきっかけに脊髄損傷研究を行う脳外科の研究室へ留学する機会を得て、神経可塑性の重要性を学びました。 可塑性とは、一度生じた変化がその後も影響を残す性質を指しますが、負傷後に生じるこうした変化をどのように適切に導き、患者さんが支障少なく日常生活へ戻れるよう支えられるかに、この研究テーマの面白さと意義を感じています。


3)この研究の将来性

この研究は、脊髄損傷後の回復における「いつ・どのように身体を動かすか」の重要性に着目したものです。 神経可塑性を脊髄損傷の治療にどのように生かすかについては、まだ臨床的なエビデンスが十分とはいえず、さまざまな議論が続いているテーマでもありますが、今後、リハビリテーションの開始時期や方法の最適化に向けた手がかりになることが期待されます。


留学中のサポートやコミュニティについて

各地のコミュニティの活動を活性化していくためには、UJAが協力し、各コミュニティがそれぞれ活動資金を獲得していくことが重要です。 PIマップも活用して管轄の在外公館と繋がり、現地から日本のプレゼンスを盛り上げてください。


留学や研究生活にまつわるエピソード

この研究は、大学院修了後に臨床に戻らず研究の道に進み、臨床での経験から得たヒントをもとに独自に立ち上げたものです。 初めて研究費を獲得したところからプロジェクトが始まり、当初は神経科学の経験や知識も十分ではない中でのスタートでしたが、スイスでの研究経験を通じて理解を深めてきました。

特徴的な歩容の変化に着目した研究成果を国際学会で発表したことをきっかけに、脊髄損傷研究の第一線の研究室へ留学する機会を得ました。 その過程で自身の研究費獲得にもつながり、博士研究員となって研究を進めるとともに、PIの研究費獲得にも関わりながら研究を発展させてきました。

その後、次の展開に進む前に成果をまとめて発信しようとしましたが、神経可塑性の解釈について査読者の理解を得るまでに時間を要し、想定以上に苦労する場面もありました。

こうした一つひとつの積み重ねが現在の職へとつながっており、自身を研究留学へと導き、一時帰国中に妻とも出会い、研究医としての成長へとつないでくれた、個人的にも思い入れの深い研究です。

また、本論文では共著者に加えて、妻やPIのご家族までAcknowledgmentsに名を連ねており、その記載の多さやSupplemental informationの充実ぶりからも、出版に至るまでの道のりの長さと多くの支えがあったことを感じていただけると思います。 国際共同研究を実現するまでの難しさと、その先に待つ達成感の両方が詰まった、自身の一時期を象徴する研究となりました。

コメント


bottom of page