[奨励賞] 永井 正義 / University of Michigan
- UJA Award
- 16 時間前
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Masayoshi Nagai, Ph.D.
分野 : ミシガン
論文リンク
論文タイトル
Neuronal splicing of the unmethylated histone H3K4 reader, PHF21A, prevents excessive synaptogenesis
掲載雑誌名
Journal of Biological Chemistry
論文内容
"クロマチン修飾因子によるヒストンの翻訳後修飾による制御は、DNAを細胞種間特異的な高次クロマチン構造に変換することで、細胞種特有の遺伝子発現に寄与する。近年、精神遅滞、自閉症、統合失調症の患者を対象とした大規模エクソーム解析により、多くの希少神経発達障害の主要な要因として、クロマチン修飾因子群の変異が浮かび上がってきた。一方で神経細胞は、その他の細胞種には見られない特有の選択的mRNAスプライシング制御を有することが知られている。最近報告されたマイクロエクソンも神経特異的スプライシング現象であり、数百の遺伝子座で10アミノ酸以下の小さなタンパク質の構造変化を起こし、自閉症患者で異常な発現が示された(Irimia M, et al, Cell, 2014)。しかし、神経細胞特異的スプライシングがクロマチン修飾因子の機能に及ぼす影響は、あまり知られていない。
申請者らのグループでは、最近、既存のデータベースを再解析することでマイクロエクソンを含む76のクロマチン修飾因子を見出した(Porter RS, et al,2018)。興味深いことに、見出された因子の中で、ヒストンH3リジン4(H3K4)の脱メチル化酵素LSD1と、その結合タンパク質であるPHF21Aは、両者とも神経細胞特異的マイクロエクソンを有し、さらにそれぞれが希少神経遅滞症候群の原因遺伝子である。ところが、LSD1のマイクロエクソンによる、ヒストンメチル化制御活性への影響は不明瞭である。
本論文では、ニューロン分化中におけるPHF21Aのスプライシングフォームの変化について明らかにした。ニューロン特異的PHF21A(PHF21A-n)はニューロン特異的LSD1(LSD1-n)に先行して分化していた。その結果、H3K4を脱メチル化する LSD1-PHF21A 複合体の機能が段階的に弱まっていくことを明らかにした。また、プロテオミクス解析により、PHF21A-nはMYT1 ファミリー転写因子や VIRMA などの転写後 mRNA 処理タンパク質を含むニューロン特異的結合パートナーと相互作用することを明らかにした。最後に、ニューロンにおいて神経細胞以外で発現するPHF21Aは過剰なシナプスを形成することを明らかにした。
本研究の結果、PHF21A マイクロエクソンの役割は LSD1 を介する H3K4 脱メチル化を抑制し、異常なシナプス形成を抑制することが明らかとなった。本論文は、クロマチン修飾因子におけるマイクロエクソンの機能解析が、希少神経発達障害の発症機序の解析の中心となる可能性を秘めている。"
受賞コメント
"この度は、奨励賞を受賞する機会を頂き、大変光栄に存じます。
ミシガンで過ごした2年間は短くも濃厚な期間で、その総括として2024年末の論文発表に続き、UJA奨励賞を受賞できたことを大変ありがたく感じております。
この研究を留学先のPIとして献身的に支えてくださったShigeki Iwase博士をはじめ、Iwase Labのラボメンバー、共同研究者の皆様、私生活を色濃い海外生活にしてくれたミシガン金曜会のメンバーの皆様、留学中に精神的な屋台骨となって生活を支えてくれた妻に、この場を借りて深く御礼申し上げます。"
審査員コメント
松本 真典 先生
近年、マイクロエキソンは、特に神経細胞において特異的にスプライシングされ、自閉症や統合失調症などの神経発達障害に関連することが報告されて注目を浴びています。本研究では、PHF21Aのマイクロエクソンがヒストンの翻訳後修飾を制御することで、異常なシナプス形成を抑制することを明らかにしています。これは、ヒストン修飾と神経発達異常との直接的な関連性を示しており、将来的に新しい治療法の開発に繋がる重要な発見です。
黒川 遼 先生
著者らは、PHF21AとLSD1のニューロンアイソフォームの発現タイミングの違いを初めて明確に示し、PHF21Aの新規相互作用パートナーとしてRNA制御因子を同定(クロマチン制御以外の機能の可能性を示唆)し、さらにPHF21Aのニューロン特異的スプライシングが、シナプス形成の適切な制御に重要であることを初めて示した。今後さらに研究を深め、ヒト精神・神経疾患との関連が解明されることに期待する。
坂東 弘教 先生
マイクロエクソンが過剰なシナプス形成を防ぐことを示し、その機序についてもお示しになられたお仕事です。Cell lineならびにマウスについてもきわめて緻密な解析が行われていると考えます。本研究同様、細胞特異的なスプライシングやクロマチン修飾への解析について様々な糸口を示す業績だと考えます。また。今後の臨床応用へも展開を期待したく思います。
真流 玄武 先生
神経分化およびマウス脳発達において、タンパク質複合体を形成する神経細胞特異的アイソフォームの発現が非同期的なスプライシングイベントであり、ヒストン修飾に影響を及ぼすことを明らかにした素晴らしい論文です。留学期間2年以内での成果であるにも関わらず、研究内容はさることながら、精緻なin vitro実験に加え、ミュータントマウスの系も立ち上げておられており、その生産性の高さも特筆すべき点と感じました。
杉原 康平 先生
本論文は、神経細胞分化中におけるH3K4の脱メチル化酵素LSD1の結合タンパク質であるPHF21Aのスプライシングフォームの変化について調査した研究であり、神経細胞分化中におけるPHF21A マイクロエクソンの役割を明らかにした。LSD1とPHF21Aは希少神経遅滞症候群の原因遺伝子であることがわかっており、本論文の成果は希少疾患の病態解明につながる可能性が考えられる。留学期間が短期間にも関わらず、非常に面白い知見が得られている。また、留学後初の筆頭著者論文としての実績であり、応募者が研究者としてキャリアアップするうえで重要な論文であると考えられる。
渡瀬 成治 先生
本論文は、神経細胞分化の過程で起きる遺伝子発現変化の制御に重要な役割を果たしているヒストンメチル化修飾が、神経細胞分化に伴うヒストン脱メチル化酵素LSD1のスプライシングフォームの変化によりLSD1の活性が減弱することにより制御されていることを示した画期的な論文である。一つ注文をつけるとすると、神経細胞分化の前後においてH3K4メチル化パターンのゲノムワイドな変化と分化前後の遺伝子発現パターンを比較することによって、本研究で着目しているLSD1-PHF21の神経細胞分化に伴う活性減弱が具体的にどのような遺伝子の発現制御に寄与しているのかを示すデータが欲しかった。本研究の今後の発展に期待したい。
エピソード
私は英語力は(今も)高1レベルでとまっていますが、こんな私でもCOVID19で、外国人Sensitiveな時期に留学できました。海外で研究する気があるなら、英語力に悩まず、すぐに留学にトライしてみるのも一手かと思います。
1)研究者を目指したきっかけを教えてください
高校時代、当時好きな人が生物部に入っていたので、追っかけて入ったら、その子は兼部していた他の部に専念してしまい(生物部を退部してしまい)、「お前、OOさんが好きだから生物部に入ったんだろー?」という周りからのヤジを受けまくる始末。「いやそうじゃない、生物を愛していたから生物部に入ったんだ!」ということを人生を賭けて立証するために、研究者になりました。
2)現在の専門分野に進んだ理由を教えてください
大学入学してすぐにラボに出入りさせてくれた恩師が、細胞生物学者で、以降ラボをいくつも移り変わっていますが、その影響だと思います(当時は出芽酵母で、今は培養細胞とマウスというように大きく状況は異なっていますが)。主軸としては細胞生物学、時々発生、生化学、神経科学など、生物学という大きな専門は変わることはないですが、多分野の実験をする何でも屋さんになってしまいました。
3)この研究が将来、どんなことに役に立つ可能性があるのかを教えてください。
神経細胞には他の細胞にはない特異的な性質があり、その一端を明らかにした論文になります。今回対象とした遺伝子を含むエピゲノム因子は、あらゆる細胞種で発現しているにも関わらず、何故かその変異が、特に神経系の機能障害に集中しています。私たちは、それが神経細胞特有の性質によるものなのではないかと考えており、今回の論文は、神経系疾患の病態解明の一端を担う可能性があります。
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