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[奨励賞] 藤島 悠貴 / New York University

Yuki Fujishima, M.D.

[分野:神経科学・行動科学・情報科学]


論文リンク


論文タイトル

Advertisement vocalizations support home-range defense in the singing mouse


掲載雑誌名

Current Biology


論文内容

中央アメリカに生息するアルストンの歌うネズミ(Scotinomys teguina)は、「歌」と呼ばれる5〜10秒ほどの構造的な鳴き声を発し、互いに応答し合うように歌う(counter-singing)という、まるで人間の会話のような発声行動を示す珍しい動物です。本研究では、この歌がどのような社会的役割を持つのかを明らかにするため、自然環境に近い観察装置を用いて個体の行動を詳細に記録しました。温度カメラを使うことで、シェルター下など視界の外にいる個体の動きも追跡することができました。その結果、各個体が固有の歌を持ち、一日の決まった時間帯に縄張りをパトロールしながら歌うことが明らかになりました。また、同じ空間内では短い間隔での「対話的な」歌い合い(counter-singing)は見られず、約2メートル離れた距離で最も活発に応答が起こることが判明しました。さらに、他個体が縄張りに侵入した際には、攻撃行動とともに相手から見える位置で歌う様子も確認されました。これらの結果から、歌うネズミの歌は「自分の縄張りを知らせるための声」として機能している可能性が示唆されました。本研究は、歌うネズミの生態を解明するだけでなく、今後、社会的音声コミュニケーションの神経基盤を探る上で重要な手がかりを提供すると考えられます。


受賞者のコメント

奨励賞に選出いただき光栄です。今後も動物の行動とその脳の仕組みについて面白い研究ができるよう頑張ります。


審査員コメント


山下 哲先生

本論文は、革新的な技術手法を用いた行動神経科学の優れた研究です。熱画像カメラと機械学習を組み合わせた行動追跡システムは、動物行動研究における技術的な進歩を示しています。鳴き声の個体識別と領域防衛機能の関連性を示唆した点は興味深く、動物コミュニケーション研究に新しい視点をもたらします。ただし、神経生物学的なメカニズムについての検討が限定的であり、どのような神経回路がこのような複雑な行動制御を実現しているのかについては、さらなる研究が期待されます。行動神経科学分野への貢献は明確ですが、より広い科学分野への影響を示すためには、神経基盤の解明が望まれます。


井上 昌俊先生

本論文は、非モデル生物である singing mice(Scotinomys teguina)を対象に、音響解析、熱画像計測、位置追跡を統合した半自然環境を独自に構築し、これまで実験室環境では捉えることが困難であった社会的文脈下での発声行動を高精度に定量化した点で、方法論的にも学術的にも極めて高く評価される研究です。本種の歌が、個体識別可能な音響特性と安定した応答潜時を持つこと、さらに同種個体との距離や社会的状況に依存して発声が調節されることを、大規模かつ精緻なデータ解析によって初めて実証しました。

特に、音源再生実験により、singing miceが約2 mという中距離の同種個体に最も強く反応することを示し、これらの発声が隣接する行動圏に対する広告的シグナルとして機能することを明確に示した点は、動物コミュニケーション研究における重要な前進です。さらに、居住個体と侵入個体を用いた行動実験により、居住個体が露出した高所から「broadcast song」を発する傾向を示したことは、これらの歌が縄張り防衛という明確な行動機能と結びついていることを強く示唆しています。

本研究の特筆すべき点は、モデル生物に依存せず、生態学的妥当性の高い行動環境を実験的に再構成し、自然行動の機能的意義を定量的に検証した点にあります。このアプローチは、行動生態学と神経科学を架橋するものであり、今後、感覚情報処理、社会的意思決定、運動制御といった神経計算の理解を、より自然な文脈で深化させる基盤を提供すると考えられます。

将来的には、本研究で確立された行動指標と実験系を足がかりとして、発声行動を制御する神経回路機構、ホルモン・内分泌調節、さらには種特異的なコミュニケーション様式の進化的背景へと研究が発展することが期待されます。


加藤 明彦先生

This publication demonstrates strong creativity in behavioral neuroscience and bioacoustics. Alston’s singing mice (S. teguina) produce structured songs in both males and females. Fujishima et al conducted a detailed characterization of male songs, focusing on male-to-male vocal communication. They found that individual males produced songs with distinct temporal and frequency features enabling identification of individuals. Mice often respond to another’s song with a vocalization, a behavior termed counter-singing, and response latencies varied across individuals.

The authors next counted the vocalization events in two mice under different spatial contexts. The animals vocalize far more often when housed in separate containers than when placed in the same arena. Vocalization event frequency peaked when the animals are ~2 m apart, supporting the notion that singing facilitates long-distance social interactions.

To study vocal communication in more natural yet controlled setting, the authors designed a custom terrarium featuring ten thermally transparent A-shaped shelters equipped with thermal and visual cameras and song-recording microphones. After habituating a resident male for 5 days they introduced an intruder male. The resident chased the intruder, and singing on the top of a shelter, which seems to alert the presence of an intruder to conspecific neighbors. In contrast, the intruder mouse also sang, but it sang under the shelter. These observations suggest that singing serves as an announcement of territorial ownership.

The innovative terrarium design enabling simultaneous tracking of multiple animals and recording of both audible and ultrasonic vocalizations allowed the authors to quantitatively link behavior and vocal communication in singing mice. This study provides rigorous insights into the ecological and social functions of vocal communication in the singing mice.


1)研究者を目指したきっかけ

地方の公立高校から(深く考えずに)医学部に進学したのですが、入学後すぐに医学部や医師社会の独特の文化に馴染める気がせず、何がしたいのかわからなくなり、途方に暮れていました。そんな経緯から、医学生時代の大半は、ベンチャー企業で鞄持ちをさせてもらったり、政治家の集まりに顔を出してみたり、春休みに1か月ドイツの田舎町のパン屋さんで働いたり、ある夏にはバングラデシュの農村部に行ったりと、様々な活動に首を突っ込んできました。


医学部生活も後半に差し掛かったある日、精神科の授業を一コマ担当されていた先生が、言語学者のソシュールや文化人類学者のレヴィ=ストロースについて語ったかと思えば、同じ90分の授業の中で機械学習の話をされていました(これらの話がどう精神医学に関係していたのかは、未だによくわかりません)。言語学習が好きだった私は興味を引かれ、授業後に先生に話しかけました。するとソシュールの本を読むよう勧められました。ひとまずよく分からぬまま一冊読み終えると、今度はフーリエ変換を勉強してみたらと言われました。これも入門書を一冊読み終えると、「これで脳波を解析できるね」と言われ、精神科の研究室を紹介されました。これが、自分の脳研究との出会いでした。


医学部では主に、精神科の患者さんのEEG(脳波)やMEG(脳磁図)を用いた研究を行いました。脳研究の魅力の一つは、生物、物理、化学、数学、コンピューター科学、心理学、哲学など、さまざまな学問領域の知識を使って取り組む必要がある点だと思います。そのため、自分とは異なる専門知識やスキルを持つ人々と協力する機会が多く、とても刺激的で楽しいと感じました。この頃から徐々に、脳研究を自分のキャリアにしたいと思うようになりました。


せっかく研究者を目指すなら、世界で最も研究が盛んな場所で挑戦したいと思い、アメリカの大学院(博士課程)に応募しましたが、最初は一つも合格をもらえませんでした。医学部卒業後、数カ月間進路に迷いましたが(幸い医師免許のおかげで生活することはできました)、ニューヨーク大学のロング先生に研究助手(Research Associate, RA)として雇っていただけることになり、卒業から4か月後には渡米しました。このRAとしての2年間に行った研究成果が、今回UJA論文賞奨励賞をいただいた論文です。その後、大学院に再挑戦し、いくつかの大学から合格をいただきましたが、この論文で明らかにした歌うネズミの特徴的な行動を司る神経基盤(脳の仕組み)を研究したいと強く思い、ニューヨーク大学へ進学しました。現在は引き続きロング先生と、海馬研究の第一人者であるブザキ先生のもとで、歌うネズミの海馬についての研究に取り組んでいます。


2)現在の専門分野に進んだ理由

医学生であったこともあり、神経科学への入口はヒトの研究でしたが、徐々に、一つ一つの神経細胞の活動がどのように computation(計算や情報処理)を生み出し、行動や思考を制御しているのか、そのレベルで脳の仕組みを理解したいと思うようになりました。そのため、医学部卒業後は動物モデルを用いた研究に移りたいと考えていました。

ちょうどその頃に読んだ本(Anxious, Dr. Joseph LeDoux)の影響もあり、人間が訓練して教え込む行動ではなく、動物に生来備わっている自然な行動を観察しながら神経活動を解析することが、自分の目指す脳の理解につながるのではないかと考えるようになりました。

そんな中、医学部卒業後にRAとして雇ってくれたロング先生は、鳥、歌うネズミ、ヒトの種間比較を行いながら、生来備わっている行動である音声コミュニケーションの研究で先駆的な成果を挙げている研究者でした。研究室には複数の動物種がいますが、特に歌うネズミは、哺乳類としてヒトに比較的近い脳を持ちながら、人間の会話のように相手と交互に発声(歌)をやりとりします。その様子を初めて見たとき、「まさに自分が探していたのはこれだ」と強く感じました。


3)この研究の将来性

歌うネズミの研究は、私たち人間の脳がどのように行動や思考をコントロールしているのか、その基本的な仕組みを理解する手がかりになると考えています。今回の研究では、歌うネズミが「なぜ歌うのか(いつ・どこで・どのように)」を調べ、彼らが毎日のルーティーン行動の中で、歌によって自分の縄張りを示したり、他の個体の縄張りに近づいたときには交互に歌い合うことが分かってきました。現在は、この知見をもとに、「自分の縄張りで他の個体の歌を聞いたとき、脳の中でどのように情報が更新されるのか」という点に注目しています。特に、海馬という脳の領域が、縄張り(場所空間)の情報と音声コミュニケーション(社会的な情報)を結びつけて記憶する仕組みを調べています。

私たち人間も、日常生活の中で似たようなことをしています。例えば、新しく近所に引っ越してきた人と会ったとき、「あの人はあの角の家に住んでいる」というように、人と場所の情報を結びつけて記憶し、理解を更新しています。このように、社会的な情報を「いつ(時間)・どこ(空間)で起きたか」と結びつけて記憶する能力は、円滑なコミュニケーションや社会生活にとても重要です。

もしこの仕組みがどのように脳の中で実現されているかが分かれば、社会的な認知の難しさが指摘されている統合失調症や自閉症スペクトラム障害などの病態の理解や、新しい治療法の開発につながる可能性があります。また、歌うネズミがオペラ歌手のように立ち上がって発声する一連の行動は、運動をどのように脳が制御しているかを研究するモデルとしても有用であり、将来的には脳卒中などの後遺症に対するリハビリテーション研究にも役立つ可能性があります。歌うネズミというユニークなモデル動物を用いることで、脳の基本的な働きから医療への応用まで、幅広い発展につながるポテンシャルがいっぱいあると考えています。


留学や研究生活にまつわるエピソード

本研究テーマとの出会いや、現在のボスや仲間たちとの出会いも、偶然か必然かはわかりませんが、少なくとも留学前には想像もできなかった素晴らしい人々や面白いサイエンスとの出会いに恵まれていると感じています。米国で研究していて良いと感じるのは、前向きに努力している人を周囲が自然に応援しようとする雰囲気があるところです。

研究は思い通りにいかないことも多いですが、未知の問題に取り組み、その予測不能性に喜んだり翻弄されたりすることも、研究者としての醍醐味の一つだと感じています。留学する・しないに関わらず、多くの人が良き仲間と良き問いに向き合える研究環境が世界中に広がっていったら素敵だなと思います。

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