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[奨励賞] 西谷 健汰 / Albert Einstein College of Medicine

Kenta Nishitani, Ph.D.

[分野:がん分野]


論文リンク


論文タイトル

Mutations in MLL3 promote breast cancer progression via HIF1α-dependent intratumoral recruitment and differentiation of regulatory T cells.


掲載雑誌名

Immunity


論文内容

ヒストン修飾酵素MLL3(KMT2C)は、さまざまな種類のがん患者で遺伝子変異が認められますが、腫瘍におけるその機能は十分に理解されていません。本研究では、MLL3の機能喪失がどのように乳がんの進行を促すのかを明らかにしました。MLL3を欠損させたマウス乳がんモデルを作製したところ、腫瘍の発生と成長が著しく早まりました。その原因として、MLL3欠損により低酸素応答転写因子HIF1αタンパク質が安定化し、腫瘍細胞において活性化したHIF1αシグナルが免疫抑制性のT細胞(制御性T細胞; Treg)を呼び寄せるケモカインCCL2を発現誘導することを見出しました。その結果、Tregが腫瘍内に集積し、さらにHIF1α依存的にICOSやGITRといった分子を高発現する強力な免疫抑制型Tregへと分化することが分かりました。これらのTregは免疫を抑えるサイトカインを多量に産生し、がんの免疫逃避を促進しました。ヒト乳がん検体でもMLL3変異がTregの浸潤増加と相関していました。さらに、ICOSまたはGITRを標的とする抗体治療によって腫瘍内Tregを除去すると、MLL3変異腫瘍の発生と成長が大幅に抑えられました。本研究は、MLL3変異がHIF1αを介して免疫抑制的な腫瘍環境を形成する新たな機構を示し、MLL3変異がんに対する免疫治療の有効な標的としてICOSおよびGITRを見出しました。


受賞者のコメント

非常に名誉ある賞を頂き、大変光栄に思っております。とりわけ、奨励賞は「若手研究者のキャリアを応援する」という意味合いもあると知り、これからアカデミアでキャリアを形成したいと考えている自分にとって大変励みになり、応援していただいている気がして心より喜ばしく思っております。誠にありがとうございました。


審査員コメント


村上 重和先生

本研究はMLL3の遺伝子変異が高頻度に検出される乳がんにおいていかに免疫抑制的な微小環境が形成されるかを示した論文です。遺伝子改変マウスを用いてMLL3の欠損が、がん細胞におけるHIF1a を介した分子機序を活性化し、抗腫瘍免疫抑制的に機能する免疫細胞Tregの活性化を引き起こすことを解明しました。特に、Tregを標的とした治療戦略の有効性を提示し、新たな治療薬創出の基盤となることが期待されます。


二宮 一茂先生

腫瘍に浸潤する免疫細胞は癌の予後や治療成績に関与する重要なファクターと知られているが、まだそのメカニズムについては十分に明らかになっていない。本論文では、乳がんに多い変異遺伝子であるMLL3が、マウスのモデルで制御性T細胞の浸潤を増やすことで癌の悪化に関与していることを示した非常に高度な論文です。分子生物学的手法を用いてMLL3とHIF1aという2つの転写因子がケモカインであるCCL2を産生することで免疫細胞の浸潤を制御することを明らかにしました。腫瘍に浸潤する制御性T細胞をターゲットとした治療法の重要性も示しており、癌治療におけるインパクトも大きいと考えます。


工藤 麗先生

KMT2C変異とPIK3CA変異という乳がんで高頻度変異の一つを再現した動物モデルを作成し、これまでの細胞株レベルの実験系では明らかにはなってこなかった、Tregの腫瘍内への浸潤を増加とその機能の増強を起こす現象を明らかにしています。頻度が高い一方、謎の多かったKMT2Cですが、この論文を起点として新たな治療戦略が組まれるようになることが期待されます。


小野寺 淳先生

HIF1a、Treg、免疫チェックポイント阻害、など近年のノーベル賞のもとになった要素が多く登場する内容盛りだくさんの論文だと思います。実験系は緻密でかつ論理的に組み立てられており、読み手にとっても分かりやすい構成になっていました。また、乳癌は日本でも罹患数が増加の一途を辿っており、その対策は社会的ニーズも高く、将来的な応用を見据える上でも非常に価値のある研究だと感じました。


大原 悠紀先生

MLL3(KMT2C)は種々のがんで変異が報告されており、乳がんにおいても loss-of-function 変異が高頻度に認められます。本論文は、MLL3 のがん抑制的役割と、その欠失が腫瘍進展に与える影響を解析した研究です。著者らは乳がん発生モデルマウスを用いて、MLL3 欠失が腫瘍の発生時期および増殖を促進することを示しています。さらに、MLL3 loss により HIF1A が活性化され、CCL2 を介して制御性 T 細胞の腫瘍内動員・分化が促進されるという免疫抑制的腫瘍微小環境形成の機構を、マウスモデルに加えてヒト検体解析でも丁寧に検証されています。MLL3 変異が免疫環境を介して腫瘍進展を促進するという因果関係を体系的に示した点で意義のある研究と考えられます。


1)研究者を目指したきっかけ

高校の生物の授業で、「受精卵というたった一つの細胞が分裂して生物全体を構成しており、すべての細胞が元の受精卵から引き継がれた同じDNAをもっている」と学んだ時から、生命の神秘を感じ、生物学への強い関心を持つようになりました。大学の講義で、「同じDNAをもっているのに細胞ごとに異なる機能を発揮できるのは、エピジェネティクスと呼ばれる秘密の仕掛けがあるからだ」と学んで以来、エピジェネティクスについて勉強したいと強く思うようになりました。大学の卒業研究のためにエピジェネティクスの研究ができるラボに配属されて以降、基礎的な分子生物学の実験研究の楽しさにのめりこみ、実験・研究することを職業としたいと思うようになり、研究者への道を決めました。


2)現在の専門分野に進んだ理由

日本の卒業研究を行ったラボで、修士も博士も取得した後に、現在の留学先にポスドクとして赴任したのですが、日本にいたころと今では大きくテーマが変わっています。日本の頃は胎盤形成や妊娠の生物学についてエピジェネティクスや幹細胞の観点から研究していたのですが、現在は乳がんの悪性化やがん免疫に関する研究を行っております。ポスドク先を選ぶ際に、今までのBackgroundとは違う分野にチャレンジしつつも、共通のエッセンス(エピジェネティクスや幹細胞生物学)がある場所を希望して探しました。今の分野の魅力としては、やはり患者さんへの還元を大きなゴールに定められるところにあると思います。すぐに基礎研究から臨床応用とはいきませんが、「メカニズムが分かれば、治療の糸口になるかもしれない」というところにやりがいを感じております。またがん細胞という異常で可塑性に富んだ細胞自体にも生物学的なおもしろさを感じています。


3)この研究の将来性

今回私たちは、特定の遺伝子変異(MLL3遺伝子変異)を持つ乳がん細胞がどのようにして、私たちの体に備わる免疫細胞からの攻撃を回避しているのかについて、その仕組みを明らかにしました。またその仕組みを逆に標的にすることで、その特定の乳がんに効果的な治療戦略の可能性を、マウスを使った実験で提示することができました。今後患者さんにおいてもその治療戦略の効果が検証・実証されれば新たな治療法の確立につながると期待されます。


留学中のサポートやコミュニティについて

現在、日本人弁護士さんや税理士さんのサポートを受けているのですが、大変ありがたいです。


留学や研究生活にまつわるエピソード

お陰様で、今留学先で研究に打ち込んで楽しい日々を過ごせているのですが、留学先ではいかに自分に甘く・優しくできるかが大事だなと感じております。志が低く聞こえてしまうかもしれませんが、異国の地においては、どう転んでも大変なことがたくさん起こります。私の場合、英語力に難があるので、電話一つ取るのも一苦労です。日本に居た頃には当たり前のようにできていたことも、留学先では言語の壁でできなくなることも多々あるかもしれません。そんなときにまるで自分が赤ちゃんに戻ったかのような無力感を感じてしまうのですが、「電話取ったのえらいやん」、「自分からあいさつしたのえらいやん」とできるだけ自分自身の味方でいてあげるのが、メンタルを健やかに保つ上で大事だなと感じております。

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