[論文賞] 谷川 洋介/University of California, Los Angeles
- UJA Award
- 17 時間前
- 読了時間: 8分
Yosuke Tanigawa, Ph.D., B.S.
[分野:JASS (Japanese Academic Seminars at Stanford) (北カリフォルニア), ワシントン大学セントルイス校研究者ネットワーク (ミズーリ)]
論文リンク
論文タイトル
Hypometric genetics: Improved power in genetic discovery by incorporating quality control flags
掲載雑誌名
The American Journal of Human Genetics
論文内容
ヒト・ゲノム解析の主目的の一つは、病気の原因となる遺伝的変異を同定し、創薬ターゲットへと繋げることです。これまで、遺伝子発現・代謝物など、各種のバイオマーカー形質が計測されてきました。しかし、体重計で羽の重さを測れないように、測定機器の感度を下回る「測定限界以下」のデータは、不正確な情報として遺伝情報解析において見過ごされてきました。
本研究は、この「測定限界以下」という情報が、個人の遺伝的な特徴により強く影響を受けることを世界で初めて報告し、これまで捨てられていたデータを宝の山に変える新しい遺伝解析手法を開発しました。この「測定限界以下」という情報のみから、もとの測定値を 91% の精度で予測できるほか、「測定限界以下」ともとの測定値の両者を組み合わせて遺伝情報解析を用いることで、統計的検出力の向上を図る方法を提案しました。この新手法を英国の大規模データに用いたところ、従来法に比べ創薬の候補となりうる遺伝子の発見効率が2.8倍に向上するなど、圧倒的に高い感度での解析が可能になることを実証しました。
本研究による成果は、より少ないコスト・データ量での遺伝子解析の効率を最大化するものであり、今後の創薬ターゲット探索研究やゲノム医療の発展に貢献するものと期待されます。
受賞者のコメント
このたびはUJA論文賞に選出いただき、大変光栄に思います。審査委員の先生方やオーガナイザーの皆様に、心より感謝申し上げます。本研究では、これまで見過ごされてきた「定量限界以下」のデータに着目し、それらを活用することで遺伝情報解析の精度向上につながることを示しました。本論文の発表・出版の時期にポジション探しを行い、昨年夏からUCLAにて研究室を立ち上げる機会をいただきました(大学院生・ポスドクを随時募集しています)。本受賞を励みに、今後もゲノム解析と医療応用の発展に貢献できるよう、あらたな仲間とともに研究を進めてまいります。誠にありがとうございました。
審査員コメント
井上 晋一先生
ゲノムワイド関連解析(GWAS)などの遺伝学的研究では、オミクスデータの量的測定値の質と量のバランスが重要になってくるが、測定限界以下の値(本論文中ではBLQ:Below Limit of Quantification)はこれまで十分に活用されてきていなかった。Tanigawa氏はこのBLQフラグにも意味があるかどうか調べ、それを活用する新しい解析法「hypometric genetics(hMG)」を提案しています。BLQは単なるジャンクではなく、遺伝的シグナルを持つ潜在的情報(極端な表現型、希少性)であることやこの情報を統合的に利用することで新たな遺伝的発見、極端な表現型や希少変異の探索に有用であると考えられ汎用性があると思います。今回はメタボロームデータを元にしたものでしたが、様々なオミクスデータ(RNAやタンパク質)にこの方法を用いたときにどのようなものが新たに見つかるのか期待させる素晴らしい成果です。ヒトだけではなく植物や昆虫など、地球上の生命進化の解明にも使えないか個人的には読んでいてワクワクしました。
青井勇樹先生
オミクス解析において定量下限を下回るサンプルを活用する新たな解析手法の開発。定量下限を下回るか否かの2種類にサンプルを分類しゲノムを比較することで、極端に値の低いサンプルを有効活用し、着目する表現型と関連するゲノム変異の検出力を向上させるアプローチは興味深い。この手法のマルチオミクスへの応用など今後の多方面への研究展開が期待できる。
1)研究者を目指したきっかけ
みなさんは、新しい知識の獲得により、ワクワクする気持ちを感じることが多々ありますか?世の中にはまだ解明されていない謎がたくさん残っているように思います。研究者は、このなかで自分が重要だと信じ、解決の糸口が見いだせる「未解決問題」を選び、これまでの知識・経験・技術を駆使して取り組むことができる稀有な職業です。私の場合は、「生命の設計図から生命活動が実現される過程はどれほどわかっているのだろうか?」などといったことに興味があり、これを突き詰めるかたちで研究者となりました。もちろん、研究活動はうまくいくことばかりではないということは、進路選択の際に考えました。ただ、どんな職業を選択しても、何らかの意味で大変なことに直面することは避けがたいものであるなら、自分がワクワクできる機会が多そうな職業を選んでみようと思い、研究者となることを志したように思います。子どものころよりも知識がついた大人となった今でも、知的好奇心が満たされるよろこびを感じられることは、おおむね思い描いた通りでしたが、それに加えて、同じようなモチベーションや興味で研究に取り組んでいる同僚が世界中に散らばっており、共同研究や学会などでディスカッションできるコミュニティに所属することができることも、職業研究者の魅力の一つだと思います。
2)現在の専門分野に進んだ理由
わたしの現在の専門は、「計算生物学」や「統計遺伝学」などと呼ばれる領域の交差点で、工学・医学・生物学・統計学・情報学などとの関わりも深い、とても面白い分野です。活躍している研究者や同僚の例を見ると、この分野への参入に至るさまざまな道筋があるように思います。私の場合は、「DNA は生命の設計図とはいうものの、実際のところどうなっているのか」という大まかな興味があったところに、いくつかの幸運な偶然が重なって、今の専門分野・研究スタイルにたどり着きました。恩師からの教えや、タイミングや運など、いくつも要因はあるのですが、大きな影響を与えたものを3つだけ挙げると:(1) 「コンピュータを用いて生物学の研究をする」という比較的あたらしいアプローチの魅力に惹かれ、ゲノム DNA の情報解析を主軸としてバイオインフォマティクス(生物情報科学)を勉強することにしたこと、(2) 大学院での留学先にて、個人間の遺伝的情報の違いが疾患や疾患関連形質にどのような影響を与えるかを調べる統計遺伝学の考え方を教わったこと、(3) 統計学者との共同研究を通じて最先端の統計学の手法を学ぶ機会を得たことなどが、現在の研究活動を支える基盤となっていると思います。
3)この研究の将来性
私たちは通常、測定機器で正確に数値化できたデータのみを用いて生命現象を解析しています。しかし実際には、羽を体重計で測ろうとしても正確な値が得られないように、「小さすぎて定量できない」データが多く存在し、それらは従来の解析では除外されてきました。
本研究は、この「定量限界未満」という情報そのものが遺伝的な違いを反映していることを示し、従来は捨てられていたデータを活用することで、遺伝子発見の効率を大きく向上できることを明らかにしました。
この手法により、より少ないデータや低コストでも効率的に遺伝子の機能を明らかにできるようになり、創薬ターゲットの発見や個別化医療の発展に貢献することが期待されます。さらに、今後はタンパク質やRNAなど他の生体データへの応用も進むことで、生命現象の理解が一層深まると考えられます。
留学中のサポートやコミュニティについて
留学生活においては、さまざまな支援やコミュニティに支えられてきました。例えば、船井情報科学振興財団の留学奨学金は、経済的な支援に加えて、同じ志を持つ研究者とのネットワーク形成という点でも大きな助けとなりました。こうした支援は、単に資金面にとどまらず、研究に集中できる環境やコミュニティとのつながりを提供する点で非常に重要だと感じています。今後も、若手研究者が安心して挑戦できるような継続的な支援や、分野・所属を越えたネットワーク形成の機会がさらに充実していくことを期待しています。
留学や研究生活にまつわるエピソード
留学などを通じて環境を変え、異なる考えを持つ人々に囲まれることは大変貴重な経験だと感じています。例えば、自分の研究アイデアを議論した際に、当たり前だと思っていた前提や面白さがうまく伝わらず、何度も説明をやり直すようなことがありました。まわりの人に自分のアイデアや、特定の分野で常識とされている考え方が一筋縄では伝わらないという経験を通じて、そもそも自分が研究で解決しようとしている Scientific Question とは何かを見つめ直し、それを平易な言葉で説明できるようになるまで徹底的に考えるプロセスは、とても有意義なものだと感じています。
これまでにも、こうしたギャップに直面する場面は数多くありました。大学院の最初には、研究対象となっている疾患の英語名がわからず、指導教員に単語の綴りから確認するような基本的なところから始まりました。また、統計学者に人類遺伝学のデータの性質を説明する際には、分野ごとの専門用語の違いを乗り越えて会話を成立させる難しさもありました。最近でも、ポジション応募書類や研究費提案の草稿を専門分野の異なる同僚に見せた際に、「何がやりたいのか、どこが面白いのか分からない」と率直なフィードバックをもらうことがあります。
AIツールなどにより定型的な作業やデータ解析が容易になっている現在だからこそ、研究の目的を深く掘り下げて考えざるを得ない環境に身を置き、同僚との対話やフィードバックを通じてじっくり考えること自体が大きな価値を持つのではないかと思います。



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